No.530 なりたかった彼!

 

 

忘れかけていた ギターのピックが

押入れの奥から すっと現れると

弾いたこともないのに

弦を押さえる真似をした

 


彼はのっそり 動いた足跡

引き摺った荷物の影

押し潰されたアリンコ

そして 古ぼけた写真

 


深く沈んだ足跡は

夕暮れに伸びていった影は

死んでしまったアリンコは

笑顔の彼が映る くすんだ写真は

 


彼の奏でる 音楽に合わせて

ロックスターになっていった

煌びやかな衣装を身に付けて

ある筈のないアンコールを浴びていた

 


ギターのピックが どれだけ傷付いても

彼はめげずに演奏を続けた

のっそり引き摺られても 潰され古ぼけても

現実がどんな仕打ちをしたとしても

 


彼を忘れかけていた 彼の友人は

彼の演奏と 歌声を聴いた気がした

聞くに耐えないほど下手くそだったけれど

それでも彼を思い出して 少しの間懐かしんだ

 


先に伸びる足跡 後に伸びる影

大勢のアリンコ 大量の写真

そしてボロボロになったギターのピックは

彼に影響を受けて 巨大な夢を抱いた

 


一人で立ち尽くす 暗い寝室は

彼にとって小さ過ぎた

彼がどんなに声を出しても

ロックスターになることはなかった

 


それでも 彼に例えられた全てのものは

歓声を浴びながら 空へと飛んでいった

彼の代わりに 彼の欲しかったものを全て手に入れて

二度と彼の元へ帰らなかった