No.344 靴底

 

 

無数の足跡が出来て 踏みつけられた草や

花や 小さな虫が 彼らに平らにされた

彼らもまた 大きなスニーカーの裏を目前にし

自らが平らになっていくことを確かめた

 


スニーカーの裏は 彼らに痕を付けた

メーカーのロゴと 波のような模様が

何か意図された刺青のように見え

彼らが自然に溶け込むのが容易になった 気がした

 


彼らは 鬱蒼と繁る緑の その岩に生えた苔も

踏んで 平らにして 歩んでいた

その感触は 砂浜を歩くようなもので

踏んでも また近くの苔が その苔を持ち上げた

 


彼らはスニーカーの裏をもう一度見て

今度こそ踏まれないようにしてみたが

一山か二山にかけての大きさなので

平らにされて より痕が濃くなり 複雑になった

 


彼らは 指し示す方向の獲物が

本来求めていた形でないことに気が付いた

そして 互いを見て 平らになった哀れな姿を笑い

笑い疲れ 悲しくなったので 焚き火をすることにした

 


焚き火の煙は スニーカーの裏を伝った

曇天よりも 低くあるスニーカーを渡った

そうして 遥か彼方の空へと向かっていき

空に辿り着くと 焚き火の煙は放散した

 


彼らが眠っている間に スニーカーの裏が

焚き火を消して また彼らを平らにしていた

彼らは起き上がると 最早あと僅かな大きさの

自らの身体を労わるように ゆっくりと歩んだ

 


透き通った川の底の

小さな沢蟹を 平らにして歩んだ

枯葉を 木の実を 動物の死骸を

平らにして歩んだ 自らを平らにされながら

 


スニーカーの裏が途絶える所まで着くと

空から 大きな煙草が降って来た

彼らはその煙を吸いながら 愉快な気分の中で

またもや しかし今度は 念入りに 平らにされた

 


火が消え 煙草の煙も無くなると

彼らにはもう 平らにする体力はなくなっていた

スニーカーの裏の端からやっと見えた陽の光が

彼らを美しいオブジェのように照らしていた

 


そして スニーカーは また 平らにした

吸い殻に包まれて彼らは 永遠の眠りに就いた

スニーカーが何処かへ行くと 彼らは風になり

今度は平らになったものを運ぶ役割を与えられた