No.542 窓辺のぬいぐるみたち

 

 

窓辺にぬいぐるみをいくつも置いて

彼は 一つ一つに名前を付けた

ぬいぐるみは 名前を呼ばれると

大きな声で返事をしてくれた

 


彼は寂しい時や 辛い時

孤独に押し潰されそうな時

ぬいぐるみに話しかけた

ぬいぐるみは話を聞いた

 


歳を取っても変わらなかった

埃まみれになったとしても

彼の言葉を真剣に聞いて

名前を呼べば 大きく返事をした

 


彼が倒れ 入院が決まり

そのまま老人ホームへ入ると

彼を慕う ぬいぐるみたちは

一緒にそこに入れないだろうと悟った

 


一つ一つ いや 一匹一匹

窓の外へ 身を投げた

落下する時の風で 埃が取れて

新品のように綺麗になりながら 着地した

 


地面は芝生だった

下の階に住む少年が 皆を拾った

家に帰り 部屋の窓辺に

皆を置くと 話しかけた

 


少年の話を 真面目に聞いて

付けられた名前を呼ばれると 大きく返事をした

「彼」のことを忘れたことはなかった

けれど今は 少年を見守ろうと決めた

 


少年が 泣いていれば

その音を 胸に仕舞い込んだ

少年が 笑いかけてくれれば

皆で 笑い返した

 


その少年も やがて歳をとり

「彼」のように なってしまうだろうか

ぬいぐるみたちは 何故か恋しくなって

少年のいない時 「彼」の名前を叫んだ

 


すると窓の向こうから

「久しぶりだね」と 彼の声が聞こえた

「もう君たちは その子の友達だろう?

 僕にしてくれたように 側に居てやってくれ」

 


そして 彼の声が消えた

ぬいぐるみたちは 涙を拭いた

少年が帰り 話しかけてきた

ぬいぐるみたちは 話を聞いた