No.538 ダークマター

 

 

彼の瞳が 虚ろになって

周りで話す人々の言葉が

頭の中の穴に 吸収されていった

出口はない そして 何処にも行かない

 


人々は彼を見て(あっちに行った)と思った

それからは彼を遠ざけて それぞれで楽しんだ

彼の前に置いてあるレモンサワーは

彼の隣の髭面のお調子者が 美味そうに飲んだ

 


彼が黒ずんで 漆黒になって

暗黒になって 光の反射もしなくなって

透明になって 誰にも気が付かれなくなるまで

周りで話す人々は 彼を放って置いた

 


話しかけたとしても まるで答えない

それを知っているので そう出来るのである

彼はそんな周りの人々が とても好ましかったし

何より同じ空間の居心地が悪くなかった

 


彼は地球で唯一無二の 社交的なダークマター

周りの人々は彼を理解し 受け入れてくれた

しかしそんな夜の賑わいも 長くは続かない

透明になった彼は 居酒屋に一人になった

 


周りの人々は 二次会に行く人や

終電だからと駅へ向かう人に分かれた

彼を思い出す者はいなかったし その必要もない

皆は皆で それぞれ過ごすだろう

 


彼は閉店間際 少し現実に戻り

誰にも気が付かれずに 店を出ていった

夜道を歩くと 彼よりも暗い空を見上げて

(今日も良い一日だった)と溜息を吐いた