No.526 魚嫌い!

 

 

魚が跳ねたような天気で

あたり一面が磯臭くてたまらなかった

彼はしかめ面 頭の中はぼやけたまま

立たなきゃ乗れない電車を待った

 


立川駅には人が多かった

誰もやることがないのに 人が多かった

彼はその人の多さに耐えながら

人の中に紛れ込んで隠れていた

 


乗り換えた電車の中は蒸し暑かった

汗だらけのマスクの中が少し痒くなっていた

彼はその不快感をねじ曲げて 輪を描いたりして

モールで出来た犬の形にした

 


車内を走り回る犬の形は

次第に解れて 柔らかい紐になった

(誰かの足に引っ掛けよう 転んだら笑おう)

その紐は彼の足に纏わりついて 結ばれていた

 


魚が跳ね終わったような天気で

あたり一面の腐敗臭がたまらなかった

彼は仏頂面 頭だけは冴えてしまった

歩かなきゃ着かない家へと向かった

 


歩き始めて 三歩目に転んだ

彼以外の周りの人々は 全員笑った

彼は戯けて見せながら 心で浴びせかけた

この世のものとは思えないほど汚い言葉を

 


魚が干からび終わったような天気で

明日の朝はやってくるのだろうかと 彼は考えた

そしたら踏ん付けてやろう 笑った奴らもろとも

腐敗臭は鼻の周りで 小躍りしていた

 


歩き終わり 辿り着いたドアの前

無数の魚たちが 無残に横たわっていた

ブヨブヨするそれを 泥を落とすように踏ん付けて

清々しい気持ちで 家の中の新鮮な空気を吸った

 


雨は魚だった 彼はそう感じた

水溜まりは大群だった 彼はそれを殺した

「魚は嫌いだ 魚は嫌いだ」

繰り返しながら タオルで頭の上の魚たちを拭いた

 


次の日の魚が跳ねたような天気で

出掛ける気分も湧かなかった

テレビの中でも 魚が跳ねていた

仕方なく消して 彼は布団に潜った