No.548 気難しい彼はようやく報われた
彼に何を言っても通用しなかった
彼を慕う人も やがて彼に何も言わなくなった
一人の時間を愛するあまり
周りの人々は 彼に恐れを抱くようになった
毛針を作る時も 筆を持ちキャンバスを塗る時も
彼の頭の片隅には 体育座りをした少年がいた
それは過去の彼自身であり
本当は誰かに話したいことや 見せたいものがある証拠だった
しかし 彼はその少年とも話をしようとしなかった
細い一本一本の糸が絡み合う瞬間や
塗り潰されたキャンバスが乾くまでの間などが
彼を何者からも遠ざけてしまった
彼は 孤独を抱えたまま
それで良いと思い ある日ソファの上で息絶えた
少年は体育座りをやめて 彼の遺体から分離し
街を散歩すると ある少女への恋心を募らせた
少女は 彼が来るといつも笑いかけて
手に持った童話の本を 一緒に読むように促した
彼は 少女と話せることに疑問を持たなかった
いつもやっていたように 隣に体育座りをした
「お前は何をやってもダメだ
嫌われ者でいるしかないんだよ
努力したところで周りの連中は
お前のことなんか気にしやしねえ」
そのまま 少女の隣でうたた寝してしまっていた時
彼の父親が投げた野球ボールのせいで割れ
粉々に飛んで行った硝子の破片のような夢を
本来の彼の姿を浮き彫りにするように 見させられた
少女に冷たく当たりたくなった彼は
「お前なんか嫌いだ」と言ってしまった
少女は 一瞬悲しそうな瞳をしたものの
「私だって あんたを好きじゃないわ」と答えた
少女は気が強かったので
彼は少女に対して 冷たく当たろうとしなくなった
何を言っても 少女には一つも効かなかった
彼は 気難しい生前の彼よりも 少しだけ大人になった
少女が老婆になり
老婆の中で 少女が童話を読むようになったら
老婆に気が付かれないように忍び込んで
少女と一緒に語り明かす日々を送った
老婆が息を引き取る時
周りには大勢の家族が集まっていた
その時 彼は初めて孤独ではないと感じることが出来た
そのまま 少女と一緒に小さな光の粒になった
小さな光の粒は 上へと登って行った
ちょうど雲に差し掛かる辺りで止まり
地球上に満遍なく広がって行った
そして今も 彼と少女は 無限を漂っている