No.351 フェンス

 


彼は決して フェンスを乗り越えようとしなかった

頭が良すぎるために そうしないことに決めた

きっと彼がフェンスを超えて どこに行こうとも

弾丸は追いかけてきて 彼の頭を撃ち抜くだろう

 


それでも 彼はフェンスを乗り越えてみたかった

行き交う人間たちは たまにこちらを見ていた

そんな人々を 彼もまた 見ていた

お互いに 日が暮れるまで見たり 見られたりした

 


日が暮れると フェンスは壁に見えた

真っ暗な中の 真っ暗な境界線

たまに 暗闇が向こうへと繋げてくれるかも知れないと思うが

朝目覚めると フェンスは変わらずにそこにあった

 


ある日彼が 水溜まりで自分の顔を確かめていると

人間の少年と少女がその様子を見ていた

フェンスを掴み 彼と話してみたいという顔だった

しかし 母親の声がすると 何処かへ駆けて行った

 


彼は初めて寂しさというものに対面して

水溜まりでしたようにその様子をじっくりと見た

彼は 見なければならなかった その衝動を抑えられず

寂しさが彼を取り囲むまで 見続けてしまった

 


フェンスはそれほど高くはない

本気を出せば 両腕で引きちぎれるだろう

ただ 寂しさがそこにいるから 離れてやれず

彼は フェンスを越えられないでいた

 


フェンスはそれほど隔てていた

「向こう」と「こっち」は繋がらなかった

夜がまた 妙な期待をさせても

朝がまた 卑怯な最後を見せる

 


彼は色々なものが見たかった

一番には 人々を見ていたかった

だが フェンスを越えられずにいたら

人々は来なくなって 彼は一匹になった

 


大きな手のひらで フェンスを掴んでみて

思い切り揺らすと フェンスは根っこから抜けた

何てことはない とても簡単だった

彼はフェンスを壊し 越えて 人々の姿を探した

 


彼が 数キロ歩いて 立ち止まり 見つけた

軽トラックに 大きな男の人間たちがいた

彼は挨拶しようとしたが

あっという間に 猟銃で撃たれてしまった

 


彼はとっさに「うまいなあ」と感じた

それから フェンスのところに置き去りにして来た

「寂しさ」という奴のことも思い出した 愛おしい奴

それから 額から どくどく 濃くて綺麗な赤が出て来た

 


彼は薄れゆく意識の中で

自分を殺した男たちをはっきりと見た

手を伸ばし にっこりとして 息をしなくなった

彼は最期に 「フェンスを超えて良かった」と思った