No.284 要らない物
飾ってあった土産物を捨てている時に
彼は鼻歌を歌う 楽しげに
ハワイで買ってきた友人は もういない
少なくとも彼にとっては
サーフィンをしている少女は笑っている
腐ってきたバナナの皮の上で
友人の笑い顔すら 思い出せないので
何も感じずに 彼は袋を縛った
ゴミ捨て場の扉が壊れている
中に放り込んで家の中へ戻る
彼は何を捨てたのか もう忘れている
誰にとっても他人なんてそんなものだ
捨てて捨てられて 物はやがて無くなる
その時に残るものなど大した問題ではない
けれども彼が友人にあげた土産物は
まだ机の上で笑っている それを彼は知らない
知ったところで彼は思い出すことも無く
後悔をすることも無いだろう
氷の中で育った瞳の影が揺らめく
氷が溶けたとしてもその影は消えない
No.283 独
古びた街並みが 通り過ぎる男を眺めていた
彼は見向きもしない
夢に出てきそうな 奇抜な喫茶店も
現代美術を飾る ギャラリーでさえも
彼の目には止まらない
アスファルトばかり見つめている
彼は 呟いていた
聞き寄れない声で何かを
二駅ほど 歩いている間
ずっと同じことを
近付いて耳をすましても
きっと彼には 気付かれないだろう
彼は大切なものを失って
目まぐるしく変わる世間から外れた
改札の前で立ち尽くし
残りの金を数えた
あと二駅乗るには十分だったが
じっとしているとまた失いそうだ
そうやって彼は歩いていく
自宅に帰るとまず鏡を見る
見慣れているはずの顔すら
知らない誰かに変わって
叩きつけるように 服を脱ぐと
彼は項垂れて泣いた
その時でさえも 呟いて
呼吸を整えようと息を吸った
乾いた空気が喉に引っかかり 痛みが走った
その時にふと もう過去には戻れないと悟った
充血した目で 額にタオルを当てて
今度は息を止めてじっとしていた
No.282 一雫
人との関わり合いを避けるあまり
孤独を愛してしまった男がいた
彼は誰よりも乾いた息を吐いて
その息をも白くする季節を嫌った
一年という時間は短く
季節というものは儚く
巡り来る苦しみの中で
一雫でも何かを垂らせたのなら
涙は渇く 出来事は全て置き去りで
彼は 思い出すら全て置いたままで
薄い布団とボロボロの毛布の下で
死体のように眠ることを幸福とする
誰かが彼を指さして笑ったとしても
彼は誰にも指をささないだろう
それは彼の中の唯一の人への思い
(黙っててやるから 黙って過ぎ去れ)
彼の全てが乾く頃には
孤独も乾き切ってしまっていた
その時に初めて彼は全ての点と結び付き
何かの一つとして垂れていった
No.281 少年と磁石
反発する磁石を
少年は親指と人差し指で摘む
力をどれだけ入れたとしても
弾けて裏返るのが結末だ
少年は 友達が少なかった
親友などには 夢でさえ会えない
友達という言葉に嫌気が差すほど
話をするのも 聞くのも 苦手だった
そんな少年は
家に帰って 磁石を付けようとする
同じ極を 毎日 毎日 毎日
繰り返し 親指と人差し指で摘む
少年がやりたかったことは?
意味の無い遊びだったのだろうか
同じもの同士がくっ付かないことは
少年の周りにも 溢れるほど多かった
少年と同い年 同じ学校
次男で我儘 ピーマンが嫌い
ここまで同じなのに
あいつと喧嘩ばかりしているなぁ
同じことのように感じた
少年は不思議でたまらなかった
磁石は違う同士がくっ付く
少年の周りには 消え入るほど少なかった
どのみち くっ付くことの方が少ないのだ
少年は諦めなかったが 結果は変わらない
それで良いと思えるようになった時には
とっくに少年は少年と呼ばれなくなっていた
No.252 愛の詩.2
そう考えてみると
僕はきっと
自殺したくなるほど孤独になった時に
やっと愛を知るのだろうと分かる
今までもそうだった
その前にわかった試しがない
僕は今ゆったりとしたソファに座っていて
そこで煙草をぷかぷか吸っているようなものなのだ
失った時に本当の価値を知る
という言葉はそこらの酔っ払いも使っている
本当の価値とは何か?
僕は愛が必要不可欠なものとは言えない
寂しいだけだ
僕はいつでも寂しい
誰かに構って貰いたくて
自分のことばかりを考えている
そんな奴に愛の詩など書けるわけがない
ソファが無くなり 煙草が切れ
やっとわかるような奴に
そんな資格があるとは思えない
そんなことを言いつつ
僕は妻を愛しているのは確かだ
その程度をはかる物があれば
計量カップでも定規でも使いたいくらいに