No.577 虫の音を聴く男!

 

 

過ごしやすくなってきた夜に

虫の音をじっくりと聴いている

その音は 今日あったどんな出来事よりも柔らかい

鼻血を流しながら 彼は優しさに包まれた

 


今日は 彼にとってかなり苦しいものだった

全てのものが彼に敵意を剥き出しにして

顔面を中心に殴られるような

疎外感と劣等感と痛みが支配する一日

 


ただ この虫の音

彼は穏やかになった

白いシャツに鼻血の赤い染みが出来て

恐ろしい怪物の絵を描いていても

 


(歩いていると 肩を強打した

 座っていると 頭の中で爆発した

 会社の会議室で 休憩中のマクドナルドで

 自動販売機で コインランドリーで)

 


虫の音が 少しうわずり

黒板を引っ掻くような攻撃的な要素を含み始めると

彼は鼻血が気になり出して

シャツを脱いで 洗濯カゴに投げ捨てた

 


洗濯カゴの中で シャツはバスタオルに抱かれた

彼の部屋の中で 彼以外は最高の夜を過ごした

常夜灯にすると 鼻血はシーツに海を作って

彼を溺れさせようと 布団と一緒にほくそ笑んだ

 


彼は 虫の音を聴きながら

瞳を閉じて 完全に電気を消した

真っ暗な寝室で閉じた目蓋の裏に

鼻血を出した原因になったものが映った

 


彼は 眠れそうになかった

身体の半分を沈めるほど 鼻血は溜まっていた

あと何リットル残っているのか

気になった彼は そのまま眠り 溺れて 目覚めなかった