No.368 雨に濡れ
傘を差す後ろ姿を追いかけても
行き交う人に溶けていく影
車に跳ねられた水が足にかかると
彼は追いかけるのをやめた
傘を捨てても流されない思いが
頭の中で降り続いている
水は冷たく 彼の体温を奪う
魚になっていくような感覚
傘を拾って 折れている骨を掴み
思い切り振って 何かを飛ばしてみた
彼の中の まだ暖かかったものが
どこか遠くへ飛んで行った
傘を差す後ろ姿を見かけた
おそらく あの人に間違いないだろう
だが 彼は追いかけることが出来なかった
彼の中の まだ暖かいものだけが 追い続けた
傘を差す 行き交う人々の中
彼も溶けていきたいと思った
しかし 傘を差さないままでいたら
彼は ぽつんと強調される点になった
傘を差して 誰かを待っている人がいた
傘を差して どこかへ向かっている人がいた
傘を差して 長靴を履き 立派な上着を着た人
傘を差して サンダルで ボロのTシャツを着た人
傘を捨ててしまったことを後悔しても
彼は魚か点にしかなれなかった
魚になっても息は止まってしまうだろうし
点になっても繋がれて線になることもないだろう
傘を差さなくても良くなる日もあるだろうが
頭の中では降り続いている
思いは冷たく 彼の体温を奪う
点はどんどん濃く 小さくなってゆく