No.41 短編『ミルフとミリー』

今回は趣向を変えて、凄く昔に書いた短編を載せます。小説を断念した理由がよくわかると思います。

 

花のつぼみのような小さい宇宙船。
そこに、幼い兄妹が乗っている。
兄はミルフ、妹はミリー。
山積みになった児童小説や絵本に囲まれて、今日も星の海の中を過ごしている。
墨をまいたような漆黒の中、光る点々の景色は飽きるほど見慣れて、二人にとっては日常の風景だった。
宇宙は退屈でただ広くて、宇宙船の中の世界の方が、ミルフとミリーにとってずっと大きかった。
楽しく、空想に満ちあふれた世界。
二人が浮かべた発想はもはや現実になり、奇妙な動物や美しい妖精は宇宙船内を漂う。
二人は仲良さげに今日も笑い合い、無表情の精密な機器の中で、はしゃぎ回る。
一体、この船はどこに向かっているのだろうか。
奇妙なことに、一番前方にある操縦席は暗く、物音一つしない。
人の気配もなく、殺伐としているほど静かだった。
たまに聞こえる微かな物音は、ミルフとミリーの笑い声だけだ。
宇宙船は自動操縦になっていたが、実際はどこかの星の周りを永遠に回っているのかも知れないし、はたまた宇宙の端を目指して、目的なく進んでいるのかも知れない。
結局、どこへ行くかなんてことは、二人には関係のないことだった。
宇宙船の世界があれば二人は、それで十分なのだ。
不思議なことに、操縦席への扉は堅く閉ざされていたが、二人はあえてそれには触れないようにしているようだった。
ふわふわと浮かぶ綿菓子のような犬。
とろとろに溶けるチョコレートのようなカエル。
そういった個性ある動物たちが、この部屋には何匹もいる。
それらは幾度も描き変えられ、犬はもう十回以上形を変えていた。
妖精は虹色の羽を持ち、歌が上手だった。
ミルフとミリーは何度も歌を歌い、妖精はそれに合わせ踊り、歌う。
その舞は華麗と言うよりつたなく、愛くるしい仕草の連続のような舞だった。
やがてそれにも飽きて、二人は外の眺めを見る。
星々は光り、美しくたたずむ。
時に横切る、破片のような隕石の屑。
室内を無重力に切り替え、二人は泳いで星を眺めた。
宇宙船は止まらない。
二人を乗せてしっかりと前進する。

行き着く先は、熱い光のそばの星。
恒星が見えてきた。
それと同時に青い星が見える。
ミルフとミリーはその星を名付け、その星に人々を創った。
「ミリー、きれいな星だね」
「うん!あそこに、行ってみたいなぁ」
ミリーは羨ましそうに青い星を見つめた。
「あそこの星には、肌がピンクの人が住んでるのよ」
「それは僕たちより大きい?」
「ううん、私たちとおんなじくらい」
ミリーは目を輝かせている。
「花と小鳥が好きな人たちなのよ」
「それじゃ、絵本に出てきた姫様のようだね」
「うん。お城がいっぱいあってね、それぞれに偉い王様もいるのよ」
そんな会話をしているとやがて青い星は大きくなってきた。
近づいてきたのだ。
よく見ると、星の周りには宇宙船かなにかのゴミが漂っている。

機械の部品は無表情で、冷たい感じがした。
二人は不思議そうにそれを眺めて、数を数えた。
しかし、余りに多くて数え切れなかった。

宇宙船はどんどん青い星に近づいている。
「このままだと、ぶつかっちゃうね?」
「大丈夫だよミリー。きっと」
しかし、ミリーの予想は外れなかった。
やがて轟音とともに宇宙船は加速し、熱を帯び始めた。
赤いランプが機内に点灯し、うるさくブザーがわめいた。
ミルフとミリーは体を寄せ合い、揺れる機内のすみに避難した。
無重力ではなくなり、運転席の扉の方へ落ちる。
二人は開かない扉の上に座り、じっとしていた。
いつの間にか犬もカエルも妖精も消えている。
二人は目をつぶり、力を込めて手を握る。
すさまじい爆音、衝撃、そして、無音。

人々は大騒ぎだった。
突然の落下物に、驚きと戸惑いを見せた。
やがて警察が来てバリケードを張り、その落下物を調べに学者が集まった。
「…なんと。信じられん。この宇宙船は、五十年前に打ち上げた、調査機ではないか…」
「調査機…ですか?」
若い、助手であろう男が博士に聞いた。
「五十年前、地球外生命体の調査に打ち上げたのだよ。すっかり、事故で破壊したものだと思っていたが…」
すると、博士を呼ぶ叫び声が響く。
「博士!中に誰かいるようです!」
宇宙船を調べていた一人は、汗だくになっていた。
博士はただならぬ予感がした。
もう一人の博士が、呼ばれた博士に語りかけた。
「操縦室だ。幸い機体は大破していない。しかし…」
「どうしたというのです?」
「すっかり、ひからびてしまっているのだよ」
呼ばれた博士は、操縦室に乗り込んだ。
ショートする機械のバチバチという音。
それ以外には、なにも音がしない。
生命の気配もない。
すると、たとえようもない異臭が博士の鼻を突いた。
顔をしかめ、袖で鼻を押さえながら操縦席を見る。
「な、なんてこった…!」
操縦席には、ひからびてミイラのようになった二人の男女が座っていた。
鼻を突いた異臭は、二人の腐臭だったのだ。

二人の博士は話し合う。
最初に操縦室に入った博士は、ミュラー博士。
次に入った博士は、ゴートン博士。
宇宙船の搭乗口をバーナーで開け、中を調べようという結論に至った。
「慎重に、作業してくれよ」
扉を開けるのにかなり時間はかかったが、やがて扉は切断された。
ミュラー博士とゴートン博士は、先頭に立って船内を見回す。
ふと、何か聞こえたような気がした…甲高い、子供の泣き声…。
二人の博士は、船内をライトで慎重に探したがやがて見つけた。
「ミュ、ミュラー博士…」
「あ、ああ…」
二人の、小さな兄妹だ…まだ生きている!
二人の博士は、信じられないと目を見張り、少しの間固まってしまっていたが、二人を外に連れ出そうと、二人を一人ずつ抱えて船内を出た。
兄妹の体は軽く、しかし健康そうだった。
動揺しているものの、二人で一緒に居させれば、泣きはしなかった。
しかし、別々にしようとするとブザーのように泣きわめいた。
もっと、二人の博士を悩ませるような不思議な点がある。
二人の体の色は、薄い水色だったのだ。
健気な瞳の色は紫色で、どう見ても尖った耳を持っている。
しかし、それ以外は人間と大して変わらなかった。
「君たちは、どこから来たのだ?」
ミュラー博士が、二人に温かいココアを差し出して聞いた。
ココアを不思議そうに眺め、二人はそろって口にし、目を輝かせて言った。
「おじさん、これおいしいね!」
「この飲み物は、なんて言う名前なの?」
しかし、ミュラー博士は困った顔をして、腕を組む。
近くで見ていたゴートン博士が呟く。
「はて、この二人はなんと話しているのでしょうか?」
「うーん、さっぱりわからない」