No.172 ほんの短い家出

 

 

閉店したスーパーの前を横切る
駐車場に車は当然無い
目的を探して歩くけれど
あてもなく彷徨う羽目になりそうだ


(一人になりたい君は 寒そうな外に出かけた
その後を追うわけでも無く 僕は煙草を買った
夜空に吸い込まれてゆく煙が 何故か寂しそうだ
満天の星空を覆い尽くすほど 煙を打ち上げたくなった)


どうしようもない感情に流されて
どうしようもないことばかり数えて
君は何処かで何かをしているから
僕も何処かで何かをしているよ


告げるための言葉と
仕舞い込むための言葉を
量りに乗せたところで
重さが分かるわけでも無く


背負いこんだ過去が
僕らを責め立てているから
時には目を閉じて 耳を澄ませ
風の過ぎる音を聞いていよう


小さな部屋に帰って来た君は
凍えた声で少し呟いただけで
あとは黙って 俯いていた
僕も同じように 蛍光灯の下で置物になる


カメラで切り取った ほんの小さな物語が
夜の街を彩るのなら 君の姿を映したい
シャッター音を嫌うのなら 代わりに僕の瞳で
ほんの小さな物語を 綴るように 映したい

 

そんなことを思った 君の家出の後に

二人きりの日々の中 こんな日があっても良いと思える

No.171 従者

 

 

一日中煙草でも吸って
意味の無いことを考えていたい


改札でごった返す人の波も
通学路で遊ぶ賑やかな声も
憂鬱な顔をして佇むビルも
何も無い一日を ただ過ぎる一日を


求めながら 彷徨う頭の中は
何処までも広がる空洞のようで
見渡しても 音を鳴らしても
果てなど無く広がり続ける空間のようで


足を取られ 髪を引かれ
喉元に突き出された 鎌の色を覚え
ほくそ笑むそいつの眼差しの中に
笑い返す自分を見つける

 

一日中紫煙でも吐いて
意味のあるものを捨て去りたい


一日は終わり 一日は始まり
ただ過ぎる時間は 追い立てるためにあり
焦りながら 戸惑いながら 進むしか無く
それ以外に 何の手立てもなく 立ち向かうしか無く

 

 

 

No.170 ヒトデナシ

 

飛び出して行った君は
何処へ行くのだろうか
僕はどんな顔をして
君を待っていれば良いのだろうか

 

僕だってまともに 人間になりたい
君だってまともな 人間になりたい

 

逃げ出して行った君は
何処へ着くのだろうか
君はどんな顔して
僕を待っていてくれるのだろうか

 

君だってまともな 人間を知らない
僕なんてまともな 人間は要らない

 

出来損ないの人間だなんて
自分を決めつけるなんて
なんて勿体無いことだろう
人で無しなら一層のこと

 

君と僕で二つの 何かに変わり果てよう
二つで一つのものに 変わり果てよう

 

歪で まともじゃない 何かに
秘密で 誰も知らない 何かに

 

 

No.169 ・

 

ぷちり ぷちり 千切れ 途切れ
悲しいほどに 通信は途絶え
ただただ 時間 そして 空間
一人でない時でさえ 一人に怯える

 


凍てついて
窓の外はきっと雨模様
部屋の中の常夜灯を
もう少し暗くして待ちたい

 

雨の上がる瞬間
晴れ間がそっと見えて
雲たちが忘れ物を取りに行くように
太陽から離れていって

 

そんな光景を
もっと間近に見たい
空を飛べないのなら
せめて映画館のような部屋の中で

 


のそり のそり 忍び 及び
鉄球のような 何かが近寄り
ただただ 思索 そして 無策
捕まって仕舞えば あとは食われる

 


そっと掲げる
心の中の闇に抵抗するために
自分で作った旗を
風の無い場所で 掲げる

 

雨は止まない
そして 常夜灯に目を焼かれる
冴えてきた頭が 昨日の痛みで
騒ぎ始めたので とても 息苦しい

 

そんな感情に
揺れ動かされて 旗ははためく
そして 何処かへ飛ばされそうになる
せめて誰かの手のひらに飛んでおくれ

 

 

No.168 空想癖

 

煙草を吸うと頭ん中ぽっかり空いて
どろどろになった思想が垂れ流される
日々の中で叩かれた臆病な心たちは
そんな思想が嫌いなのか目を背けている

 

ニコチン タール そんなもの全て嘘っぱちで
ただの紙 ただの葉っぱ そんなもので
どこを見ても偽物にしか見えなくなって
灰皿に落とす灰はきっと 床を汚している

 

どこかの誰か 知らない奴が寄越した茶色い封筒
何を巻き上げるか考えてみても 払うものはない
筋書き通り大人になって すっかり駄目になった
空想癖もここまで来ればベテランの域だ

 

ライターの音聞き惚れるほど燃やしてしまいたい
昨日までの出来事全て忘れてしまいたい
何処かへ行って何かを見て 涙でも流せたら
空想癖の空想もまた 現実になれるだろう

 

文字にならない記号で物語を作ろう
頭ん中 全て晒して 空っぽにしてやろう
頭蓋を叩いてドラム代わり ベースもギターも要らない
空想癖の思想もまた 現実に慣れるだろう

 

No.167 洗濯物

 

草臥れたシャツがハンガーにかかる
ベランダにある洗濯機は黙っている
陰気な空で 健気な夢が
わだかまりから 絆され 解けて

 

部屋干し日和 そしてまた一人
数えやすい友人の顔を
ハンガーにかけて 黙ったままで
わかりやすい記憶を探す

 

もしも 借りた部屋の壁に
夕陽に染まる 海の絵を描いたら
ここはどこだ?と 困り果てて
誰かが恋しくなるだろうか

 

もしも 借りた絵本の隅に
黒ずんだインクを 垂らしてしまったら
それは何だ?と 怒鳴り散らす
誰かを憎むのだろうか

 

草臥れた 左半身と
右半身が 器用にハンガーにかかる
左手で紡ぐ言葉と一緒に
右手で紡ぐ言葉まで拙い

 

陰に飲まれながら 陰を飲み込みながら
どこまでも上手に乾いていたい
嘘に溺れながら 嘘を吐き出しながら
どこまでも上手に装っていたい

 

No.166 街の影

 

煌びやかに彩られている街 着飾る人々
その中に薄汚いコートを着た男が立つ
虚ろな瞳で彼は何を見ているのだろう
それは誰にも知られることのない真実

 

かつての彼は…などと語る人もいない
ぼさぼさの髪を掻き毟りながら独り言
誰に対してというわけでもない悪態に
怪訝そうな顔で人々は彼を通りすがる

 

銅像のように固まっていた足を進めて
彼は小さな映画館の前で座り込んだが
数分も経たぬうちに警官がやって来て
彼を箒で掃くように退かせてしまった

 

馴染みの公園のゴミ箱の中に見つけた
食べかけのハンバーガーに食らいつく
彼の舌は頑丈なビニールのようになり
厚かましいほどに丈夫な腹へ押し込む

 

彼は空を見上げてため息をついてみる
このベンチはベッドの代わりにもなる
誰よりも深い瞳で飛ぶ鳥を眺めている
そんな彼に見惚れている街の影がある