No.170 ヒトデナシ

 

飛び出して行った君は
何処へ行くのだろうか
僕はどんな顔をして
君を待っていれば良いのだろうか

 

僕だってまともに 人間になりたい
君だってまともな 人間になりたい

 

逃げ出して行った君は
何処へ着くのだろうか
君はどんな顔して
僕を待っていてくれるのだろうか

 

君だってまともな 人間を知らない
僕なんてまともな 人間は要らない

 

出来損ないの人間だなんて
自分を決めつけるなんて
なんて勿体無いことだろう
人で無しなら一層のこと

 

君と僕で二つの 何かに変わり果てよう
二つで一つのものに 変わり果てよう

 

歪で まともじゃない 何かに
秘密で 誰も知らない 何かに

 

 

No.169 ・

 

ぷちり ぷちり 千切れ 途切れ
悲しいほどに 通信は途絶え
ただただ 時間 そして 空間
一人でない時でさえ 一人に怯える

 


凍てついて
窓の外はきっと雨模様
部屋の中の常夜灯を
もう少し暗くして待ちたい

 

雨の上がる瞬間
晴れ間がそっと見えて
雲たちが忘れ物を取りに行くように
太陽から離れていって

 

そんな光景を
もっと間近に見たい
空を飛べないのなら
せめて映画館のような部屋の中で

 


のそり のそり 忍び 及び
鉄球のような 何かが近寄り
ただただ 思索 そして 無策
捕まって仕舞えば あとは食われる

 


そっと掲げる
心の中の闇に抵抗するために
自分で作った旗を
風の無い場所で 掲げる

 

雨は止まない
そして 常夜灯に目を焼かれる
冴えてきた頭が 昨日の痛みで
騒ぎ始めたので とても 息苦しい

 

そんな感情に
揺れ動かされて 旗ははためく
そして 何処かへ飛ばされそうになる
せめて誰かの手のひらに飛んでおくれ

 

 

No.168 空想癖

 

煙草を吸うと頭ん中ぽっかり空いて
どろどろになった思想が垂れ流される
日々の中で叩かれた臆病な心たちは
そんな思想が嫌いなのか目を背けている

 

ニコチン タール そんなもの全て嘘っぱちで
ただの紙 ただの葉っぱ そんなもので
どこを見ても偽物にしか見えなくなって
灰皿に落とす灰はきっと 床を汚している

 

どこかの誰か 知らない奴が寄越した茶色い封筒
何を巻き上げるか考えてみても 払うものはない
筋書き通り大人になって すっかり駄目になった
空想癖もここまで来ればベテランの域だ

 

ライターの音聞き惚れるほど燃やしてしまいたい
昨日までの出来事全て忘れてしまいたい
何処かへ行って何かを見て 涙でも流せたら
空想癖の空想もまた 現実になれるだろう

 

文字にならない記号で物語を作ろう
頭ん中 全て晒して 空っぽにしてやろう
頭蓋を叩いてドラム代わり ベースもギターも要らない
空想癖の思想もまた 現実に慣れるだろう

 

No.167 洗濯物

 

草臥れたシャツがハンガーにかかる
ベランダにある洗濯機は黙っている
陰気な空で 健気な夢が
わだかまりから 絆され 解けて

 

部屋干し日和 そしてまた一人
数えやすい友人の顔を
ハンガーにかけて 黙ったままで
わかりやすい記憶を探す

 

もしも 借りた部屋の壁に
夕陽に染まる 海の絵を描いたら
ここはどこだ?と 困り果てて
誰かが恋しくなるだろうか

 

もしも 借りた絵本の隅に
黒ずんだインクを 垂らしてしまったら
それは何だ?と 怒鳴り散らす
誰かを憎むのだろうか

 

草臥れた 左半身と
右半身が 器用にハンガーにかかる
左手で紡ぐ言葉と一緒に
右手で紡ぐ言葉まで拙い

 

陰に飲まれながら 陰を飲み込みながら
どこまでも上手に乾いていたい
嘘に溺れながら 嘘を吐き出しながら
どこまでも上手に装っていたい

 

No.166 街の影

 

煌びやかに彩られている街 着飾る人々
その中に薄汚いコートを着た男が立つ
虚ろな瞳で彼は何を見ているのだろう
それは誰にも知られることのない真実

 

かつての彼は…などと語る人もいない
ぼさぼさの髪を掻き毟りながら独り言
誰に対してというわけでもない悪態に
怪訝そうな顔で人々は彼を通りすがる

 

銅像のように固まっていた足を進めて
彼は小さな映画館の前で座り込んだが
数分も経たぬうちに警官がやって来て
彼を箒で掃くように退かせてしまった

 

馴染みの公園のゴミ箱の中に見つけた
食べかけのハンバーガーに食らいつく
彼の舌は頑丈なビニールのようになり
厚かましいほどに丈夫な腹へ押し込む

 

彼は空を見上げてため息をついてみる
このベンチはベッドの代わりにもなる
誰よりも深い瞳で飛ぶ鳥を眺めている
そんな彼に見惚れている街の影がある

 

 

No.163 poetry

 

ノートは綴る詩は いつもと違う

ましてや 丁寧に 慎重に 綴る詩は もっと違う

 

便利でない この 頼りない脳が全てまかなう

どんな字体に寄せても 結局は同じ僕が綴る

 

埋め尽くされる空白に 名残など無く

淡々と過ぎる時間にも 名残など無く

 

窮屈な この頼りない脳で 全て事足りる

 

どんなに藻掻き 苦しんでも

結局は他人になれない

 

詩   詩    (し)   (うた)

 

それは一体 どこからどこまで

それは一体 いつからいつまで

詩であるのだろう

詩であったのだろう

 

他人の詩を読む時は 自分なりに変身させる

自分の詩もそうであるべきだと考える

 

どんな詩をどんな風に感じるだろう

こんな詩はどんな風に感じるだろう

 

切り取れ どこまでも

詩らしく振る舞え

 

それこそが

詩が詩であるということだろう

 

手紙でさえ 落書きでさえ

詩らしく振る舞えば もうそれは詩になるだろう

 

そう信じて

僕は今日もノートを開く

No.162 ミルクチョコレート

夢の中で食べたチョコレート
ミルクの味が濃かった
何度か食べた味で
「またこれか」と感じていた

 

ピーナッツのような
小さな思い出のかけらと
一人きりのままの自分と
いつかは一緒だった家族が

 

夢の中ではバランス良く
配置されていたから
僕は打ち明け話をした
今の悩みと 生きる意味のこと

 

兄はとても難しい言葉で

僕の言葉を遮って
それから自分の頭の良さで
僕のことを笑っていた

 

夢ではそんな風に思ったけど
起きた時 夢の中の兄の言葉は
冷めた自分自身の言葉で
良く理解出来ることだった

 

母と父が並んで歩き
僕の部屋を見回した
一人で住むには広すぎる夢の部屋を
二人で仲良く見回していた

 

悲しいほどに 切ないほどに
もう戻らない時間を感じた
今も二人が一緒なら
こんな夢は見られないのだろう

 

目が覚めた時 隣に寝ている
僕の家族になってくれた女は
寝相で見せる 美しい素直さで
僕のことを出迎えてくれた

 

二時に起きても することもなく
冴えない頭を抱えてこの詩を書いて
三時になっても することもなく
瞳を閉じておけばまた夢を見るだろう

 

もしその時夢の家族に会えたら
もしその時一人きりの僕に会えたら
言ってやろう 僕はもう家族が出来たと
すがる必要も無いけれど 貶すことも無いと

 

あと何度夢を見ても
あと何度夢から覚めても
相変わらず隣に眠る寝相を
その素直さを あと何度数えても

 

変わることなくそこに在りたい
何処にいたとしても 隣で夢を見たい
変わることなくそこで在りたい
何処へ行くとしても 隣で目覚めたい

 

朝になって それから
のんびりして 昼過ぎあたり
あの夢のチョコレートに似たものを
何処かで買って一緒に食べよう