No.130 怠慢な自由

 

書類の整理をしている
退勤から7時間過ぎた
1から10にAからZ
無駄を省いて効率良く

息つく暇もなく書類を
並べ畳んで切って貼り
暗号のような列に苦戦
頭の中は真っ白になる

白紙に戻れば書き出す
書き出せば白紙に戻す
出勤時間まで続く仕事
シュレッダーは居眠り

電車の中の老若男女は
週末の予定を実行して
書類を大事そうに持つ
スーツ姿を笑っている

被害妄想だけが肥大し
車内広告にも罵倒され
草臥れたネクタイには
首を絞められて苦しい

昼飯時も書類に追われ
退勤電車も紙に囲まれ
意味不明な言葉に溺れ
自由は眠り続けるだけ

 

No.129 分別できない朝に


何色に染めても
黒く仕上がるなら
羽ばたく白い鳩も
いつかは染められてしまう

 

すがることさえ出来ずに
一人膝を抱えるなら
冷たく白い瞳も
いつかは気にならなくなるだろう

 

忘れてしまいたい全てを
忘れてしまった時に
大切なものと区別が出来ずに
思い出そうと必死になって

 

“黄金に輝く夕焼けと草原
いちばん星は雲のピアスに見える
夜が深まれば満天の星空
黒く染められた中で輝く星たち”

 

そんな夢を見ていた
曇り空が出迎える朝に
煙草の煙で膜をはり
自分を棄てる準備をする

 

ビニールの中で息が詰まり
吐き出そうとも吐き出せずにいる
冷えた布団は身体の一部になって
横たわれば何かを忘れている

 

No.128 腐りゆく

 

小鳥さえずる向こうの山は


目前の木に雄大さを奪われ


忘れ去られた首吊り死体を


目前の木に影として映す

 

 

移動して来た彼は体を揺らし


小鳥のさえずりに答えようとする


僕は部屋からそれを見て


笑って涼しい午後を過ごす

 

 

鼻をくすぐる腐敗臭が


木の葉の緑にラッピングされて


陽光の強さにうなだれながら


冷房のスイッチを切ってしまう

 

 

すると僕は移動して


彼の体になり替わる


体を腐らせようと必死な太陽が


誰彼かまわず照らし出す

 

 

明るみになった僕の死体は


また雄大さを失った山に引き戻され


束の間に感じた生前の心地よさを


永遠に羨ましがる

 

 

僕が発見される頃には


僕と認識されないだろう


誰彼かまわず照らす太陽が憎くて


少しだけ優しい月を懐かしがる

 

 

No.127 ある日の彼

 

照らされる薄墨の山を濃墨の木が切り取る
鼠色の空を烏が切り取る


山々に近付いても美しさを感じられず
緑色の退屈を感じる

 

 

壁に向き合い独り言の練習
「空が低すぎて重苦しい」

 

 

潰されそうに小さな犬は
庭ではしゃぐ猫が羨ましい

 

飛び立ちそうに大きな猫は
車の下で涼む犬が羨ましい

 

 

イタリア料理店の窓から溢れる笑顔
上辺だけで並べ立てた独り言


トマトと鶏肉を炒めたような色の夕陽
照らされる濃墨の木は背景に切り替わる

 

 

彼はその木の前に立って
ただ空を眺めているだけ


烏の行方もわからぬまま
犬と猫は彼を眺めているだけ

 

 

No.124 8月25日

 

わかってはいてもわかりたくないこと

自分では変えられないもの

それが自分のためにならなくても

まとわりついて離れないこと

 

普通を装わなければいけない日々

仮面を代わる代わる付け替えなければいけない

僕は誰なのか 誰が僕なのか

わからなくなる日々のこと

 

絶え間なく積まれる憂鬱

嫌いなものと好きなものの矛盾

頭だけが冴えてしまう5時半

全てが電車に轢かれて仕舞えば良いのに

 

広くなった部屋 自由になった時間

愛おしく思えるもの 僕の変わらないこと

洗濯物が外されたハンガーだけが

何かがそこにあったことを知らせている

 

もっと残酷になれれば良いのに

もっと見えなくなれば良いのに

数えてみればキリがない

悩ましい昨日までの出来事

 

壁に飾った僕の絵は

今日も変わらずにこちらを見て

何故帰って来たんだ?と

やけに不機嫌そうにしている

 

No.123 猫 男


巨大な猫が捨てられたブラウン管から
飛び出して目に飛び込んでそれっきり
髭が生えて耳が頭の上に乗った男には
常に巨大な猫が喋りかけて付きっきり

 

「大丈夫か顔色悪いぞ頭痛いのか?」
「お前やけに息が荒いがどうした?」
男の心配は巨大な猫だけだったのだが
目薬を打っても涙のように流れるだけ

 

猫男になって行く彼の容姿の噂が流れ
少年の一行は彼を訪ねドアホンを押す
「お前ら構わないでくれ帰ってくれ」
面白がった少年たちは彼を笑っている

 

「美味そうなガキだ食べてしまえよ」
「お前はもう獣だしやがて俺になる」
巨大な猫がそそのかしても理性はある
彼は少年たちに菓子を配り機嫌を取る

 

食欲がぶくぶく膨れ上がり理性は揺れ
巨大な猫は得意そうに笑っているだけ
「お前ら構わないでくれ帰ってくれ」
舌舐めずりを抑えられずに理性は飛ぶ