No.111 短い散歩

 

気取った花が語りかける
「そんな顔をしてどこへ行く?」
寝不足で白い顔の僕は答える
「君のいないところに行くさ」

 

湿ったアスファルト
濃い灰色で不貞腐れている
水溜りは鏡のように雲を映し
僕の不機嫌な靴を描いている

 

切符を買っても宛先知らず
電車に乗ってもまた引き返す
うざったい声の烏が鳴いた
「お前の顔はくすんだ肌色」

 

チタニウムホワイトの絵の具で
顔を塗ってしまいたくなる
あとは赤で線を引けば
歌舞伎のようで馬鹿馬鹿しいだろう

 

気取らない電柱が語りかける
「そんな服を着て恥ずかしくない?」
寝ぼけてパジャマの僕は答える
「恥ずかしければ家に帰るさ」

 

湿ったフランスベッド
薄い灰色で不貞腐れている
水が出続けている蛇口の音が
僕の不機嫌な瞳を掻いている

 

切っても切っても落ち着かず
吐いても吐いても吐き切らず
陰気臭い声の蝉が鳴いた
「お前の頭はくすんだ茶色」

 

アイボリーブラックの絵の具で
髪を塗ってしまいたくなる
あとはクシでといてしまえば
テカテカ光って馬鹿馬鹿しいだろう

 

気取っても気取らなくても同じこと
花も電柱も明日には忘れるだろう
烏と蝉だけ部屋の中で飛んでいる
あまりに煩くて耳をイヤホンで塞ぐ

 

白でも黒でも変わらないだろう
赤で縁取っても僕は影になるだろう
色を塗っても吸い込んでゆき
どんどん影は濃くなって行くだろう

 

そうして鏡のように部屋を映し出し
僕は水溜りのように不貞腐れている