うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所。

No.94 彼の泉

 

ふいに美しい声がした

彼はその声の元に歩いた

ふとしたことを思い出した

その日は日曜で空は曇っていた

 

ガラスに亀裂が走り

「ふとしたこと」以外は忘れ去り

そのガラスの中に入っていた水も

飼っていた魚も何処かに溢れた

 

美しい声はやはり消えた

彼にはわかりきっていたことだった

そして彼はまた歩き出した

まるで目的地があるかのように

 

澄んだ泉を見つけた

その水を飲むと彼は泣いた

味はしなかった 何も無かった

星の光を反射して輝く泉に顔を浸した

 

すると彼は美しい声を聞いた

まるで囁くように まるでなだめるように

まるであやすように まるで実在するように…

彼は泉の中で呼吸を忘れた

 

それからというもの

彼は何処へも歩かなくなった

そして泉は濁ってゆき

彼と共に腐り果てていった

 

 

No.93 紫煙

煙草の火

当てた手のひら

むず痒い

穴が空くほど

灰皿代わり


フィルターを

噛み潰すたび

気が狂う

葉っぱを噛めば

正気に戻る


成人に

なる寸前は

生きた肺

なった途端に

燻製の肺


日が照った

鉄の熱さで

火を付ける

血の味すると

少し微笑む


栄えてる

街並み立ち見

煙草吸い

右目に染みる

涙が滲む


傘捨てて

ライター擦って

燻らせて

雨に塗れて

気持ち紛れて


暗がりに

動き出すのは

赤い点

近付く気配

冷たい香り

No.92 曇り空とアスファルト

 

暗い朝に吹く風

午前十時になっても雲は
重たく広がり灰色を落とす

アスファルトを反射しているようで
空と地面に挟まれて息苦しい

二つの思いに押し潰されて
死んでしまった昨日の気持ちのようだ

僕は有名な小説の台詞を思い出して
その主人公と同じように孤独を味わった

結末はいつも報われないものばかり
僕はそういうものを好んで選んでいた

それに気が付くと
挟まれて息苦しいのにも納得がいく

全てを受け入れて痛みを忘れれば
アスファルト色の曇り空も
曇り空色のアスファルト

大した問題ではないと感じて
前を見て歩き出せる気がする

しかし物凄い速さと音で通り過ぎる車に
芽生えたばかりの気持ちが摘み取られ

吐き捨てられた排気ガスの横で
今日も死んだ気持ちが横たわる

皮肉を言う元気さえあれば良いのに
皮肉なことに身体だけは丈夫なままに

心の方はやつれて見る影も無くなって
やがて身体とは別々に
歩き始めるような気がしてならない

No.91 永遠の恋人たち

 

一緒に落ちようと約束した恋人たち
片方が落ちると片方は昇ってしまった
まるで地面に引きずり込まれるように
まるで天使の羽が生えたように

固い土に捕まることはなく
マントルに溶かされることもなく
片方はただただ落ちて行った

羽が溶けることはなく
吊るされた糸が切れることもなく
もう片方はただただ昇って行った

善行と悪行の境目など測れない
生きた時間ぶんの罪なのか功なのか
落ちることと昇ることの
どちらが良いことなのかは誰も知らない

しかし明確になってしまったのは
恋人たちがもう二度と会えないということだ
それを知ってほくそ笑む人々もまた
落ちたり昇ったりしていった

ある少年はその恋人たちを良く知っていた
二人の内のどちらかの弟だったからだ
少年は落ちることなく昇ることなく
ぷかぷかと地上にとどまっていた

浮きもせず沈みもしない風船のように
破裂することなくそこに居座っていた
少年は大きな声で知っている人の名前を叫び
その答えを待ち続け 待ち惚けを食らった

一緒に落ちようと約束した恋人たち
それを繋ぐ唯一の少年の記憶
二人はその少年の記憶の中だけで会えるが
それは少年の思い描く二人の姿でしかない

恋人たちは裸のまま手を繋いで少年に微笑む
少年が目を閉じるとその光景がいつも映る
二人の身体は少年にとって少し刺激的だったが
それを見るたびに慣れて 刺激は薄れていった

やがて何年か経ち 少年が青年に変わる頃
目の前に地上にとどまった一人が現れた
目と目が合うと 間もなく裸になって手を繋ぎ
記憶の中の恋人たちのように微笑んでいた

それから彼は 何故だか無性に落ちたくなった
もう片方は昇りたがっているように感じた
彼の優しさで二人は昇って行くことに決めた
しかし二人は永久に別々の方へと進んでいった

彼は昇って行った
そしてもう片方は落ちて行った
彼が昇るところまで昇りつめると
何年か前に昇って行った恋人たちの片方を見つけた

彼はその片方の弟ではなかったので
当たり前のようにその片方と抱き合った
何かを待ち望んでいたような顔で
相手は彼を強く求めた

弟が恋人と似ていたので
落ちて行った片方を思い出したのだろう
二人は繋がったまま昇り続けて
終わることのない空の上で愛し合った

その時落ちていった青年の恋人は
弟に似た片方と抱き合っていた
自分の真の恋人を忘れてしまうまで
終わることのない地の下で愛し合った

四人の恋人たちは相手を変えて求め合い
永遠に昇り続け 永遠に落ち続けた
その相手が元から恋人だったと錯覚するまで
高く飛び続け 深く潜り続けた

No.90 ハキダメ処/2

落書きで 赤のクレヨン 使い切り 黒く濁った 血を描き出して/

深爪の 痛みで目覚め また眠る 繰り返しても 朝は遠のく/

蝉の声 五月の晴れに 鳴りだして こびり付いたら 朝にうつむく/

「忘れない」 この痛みにも 意味がある そう信じても 何にもならず/

脳内に 無数のヒビが 入っても 見た目変わらず 思想改装/

夜更かしで 瞳張り付く コンタクト 剥がれないまま 何年か経つ/

ピストルに 似せて作った 万華鏡 一人殺せば 散らばる破片/

額縁に 入れた少女の 見る夢は 御伽噺を 黒く染めゆく/

乗車券 無くしたままで 汽車に乗る 狸寝入りで 往復旅行/

青インク 滲み出た海 鮮やかに 腹を浮かべた 小魚の群れ/

何事も 抜かり無くとは いかなくて 今日拗らせ 貧しく暮らす/

自転車に 爆弾詰めて ペダル漕ぐ 夢にまで見た 都会の中で/

灰皿に 錆びた模様が 似合わない いっそこの血で 彩ってしまえ/

老人が 座って眠る ベンチには ハゲタカに似た 烏が集る/

雨が降る 街路樹濡らす 雨が降る 緑は黙り 俯いている/

空気にも 調子の悪い 時がある 今朝方だけで 数人死んだ/

夜空には 青一つなく 昼を待つ 来るはずだった 青空を待つ/

故障中 エレベーターの 扉開く 見えない細部 湧き出す恐怖/

話しても 無駄になるのは 老婦人 目的地には 辿り着けない/

羽のある 魚に乗って 雲の上 ひれある鳥で 海底探査/

目を閉じた 耳を塞いだ 口閉じた 鼻もつまんで 脳内会議/

怒りさえ 消えて失せたら 常夜灯 独り言には 拍車がかかる/

CDを PCに入れ 再生し 誰も聞かない 歌を覚える/

寂しさに 押しつぶされて ペラペラの 紙になったら 布団に潜る/

何もない 一日ならば過ぎるだけ 何かあっても ただ過ぎるだけ/

憂鬱は 打ち倒せても 蘇る エンカウントは 無限に続く/

学校に 忘れた鞄 取りに行く 誰も来てない 日曜の朝/

制服の 中に私服を 着て行って 帰り道には ゲームセンター/

暗がりで 照らされた顔 気味悪い 怖くなったら 帰りの支度/

千円を 崩した名残 小銭だけ 自販機見つけ コーヒーを買う/

ただいまも 言う気になれず 横になる 母が夕食 支度する音/

何もせず 家に籠もれば 憂鬱で 手首掻いたら ミミズが走る/

赤ペンを ミミズに沿って当ててゆく 何故か心地が 良くなる不思議/

夕食の 席でミミズが 暴れ出す 三日続いた カレーの仕業/

No.89 喫煙所

 

ビルとビルの間では

風が強いと聞いた

鼻に煙が入る事なく流されるから

煙草を咥えたままでいる

 

のんびりとした毎日だ

特に何に追われる事もなく

ただこなしているだけの日々だ

特に何から逃げる訳でもなく

 

たまに大きな何かに

追われてみたいと思う

そんな大きな何かから

逃げ出してみたいと思う

 

取るに足らない痛みの傷を

さすり続けてみたものの

痛みが紛れてゆくだけで

忘れてゆく事に慣れるだけで

 

つまらない 金がない

そんなことを呟くことにも飽きて

僕はただ煙草を咥えている

煙を吸うことも忘れて咥えている

 

 

No.88 小説の切れ端

・今書いている物語の冒頭です。まだ自分でもどうなるかわかりません。

 

午前一時〜午前二時


始まりはいつものベッドの上だった。「想像で物を言うな」という台詞があるが想像の産物こそが彼の住む世界だ。彼はいつも眠そうな顔で寝癖も直さない。そんな彼だからこそ想像の中でのうのうと生きていられるわけだ。
朝に始まり夜に終わる。そう簡単にはいかない。彼は夜行性の動物のように午前一時きっかりに起き上がる。ベッドの上で頭がはっきりと…かき氷を食べた時になるあのキーンとした痛みを感じるほどはっきりと…冴えてゆくまで座っている。目を閉じて彼は一言も発さない。何故なら、彼の周りには誰も居ないからだ。
一人で喋る時間は共通した特徴がある。イヤホンを耳にさして無音を楽しんでいる時だ。ラジオDJのように流暢に今日起きたことを語り出す。それは午後六時。いわゆる彼の「就寝前」に行われる。
そうだそうだ。始まりの話をしていたんだ。終わりの話をしてしまうと「今日起きたこと」がうやむやになってしまう。
まず彼は頭を冴えさせてから今日することを考える。仕事に行っても良いし行かなくても良い。どうせ想像の中なのだから腹が減ることもない。それならば何故睡眠をとるのか?そんなことは彼に聞いてもわからないだろう。何故なら彼は自分が想像の中に住んでいるという自覚さえないのだから。
遊びに行くにも金がかかる。いや正確に言えば「金はかからないが彼は自分をひどく惨めな身分だと思い込んでいる」というわけだ。
何をするにも彼を止める者はいない。切符を買わなくても駅の改札で引っかかることもなければコンビニからサンドウィッチと生ハムとサラダをごっそり買い物カゴごと頂戴しても誰に咎められることはない。
しかし彼は想像の中で自由を欲していない。束縛されて必要とされたがっている。あいにくそんな機会は生まれてこのかた一度もないが…彼は生まれて数週間目の新米だ…彼の中でもっとも大きく育っている感情だ。
いつも眠そうで寝癖も直さずのうのうと生きている彼は自分の存在意義を探している。しかも明確に。のうのうと生きているのではなく生き方を知らないだけなのかもしれない。彼は「考えていない」のではなく「どう考えていいかわからない」のだ。
恐ろしく深い眠りから覚めた後は苦いコーヒーを飲みたくなる。彼は甘党だが「豆から煮出した香りの強い飲み物」を飲む場合のみ砂糖を入れない性格らしい。しかめ面をしながら不味そうに飲んでいる様子から好きなわけではないというのがわかる。「飲みたい物=好きな物」ではないわけだ。
これは他の彼を取り巻く何らかにも言い換えることが出来る。「話したい人=興味のある人」でもないし「ハンバーグ=デミグラスソース」というわけでもない。彼はいつも「飲みたい物(苦いコーヒー)=好きな物(糖分)」ではないということに関して疑問を持ち続けていた。もしも恋人がいたとして「愛している女=大切な人」でなかったとしたら一体誰が彼にとって「大切な人」なのだろう?そんなことを考えてはいつの間にか一時間ほど経ってしまっている。
彼にとってはコンタクトレンズをはめることさえも重要な成長へのステップだ。まるで細かいロールプレイングゲームのように経験値を日々稼ぎまくる。彼の冒険は彼自身でさえも予想がつかない。そしてそんな出来事は午前二時に起きた。
そうは言っても一時に起きてから二時の間に特殊なことが無かったわけではない。彼の生活は発見の連続だ。そしてその発見の積み重ねによって彼は何かをわかった気でいる。
頭が奥の奥まで冴えまくって眠気というものが消え去る瞬間というのは心地の良いものだ。まず手を開いて閉じる。足の親指から小指に動かし小指から親指に動かす。良い感じだ。彼は寝言のような唸り声で朝食に何を食べたいか呟く。「トーストにバターと蜂蜜をトッピングしてやれ」。
タイマーが鳴り響く音が彼の今欲する最も強い感情に答える。食欲は午前と午後に関わらず人それぞれの時間帯で訪れる。彼は健気な赤ん坊のようにその音を待ちわびていたのでトーストはこんがりとそれに答えてくれる。
彼の家には冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもトースターもある。贅沢な話だが電気代を気にしたことはない。彼の元に払込票の類は一切届かない。永久的に「電気」「水道」「ガス」「電話」「インターネット」さらには「家賃」を支払う必要が一切ない。現実を生きる人々からすればこれは素晴らしく羨ましいことだ。しかし彼はそれをありがたいとも思ったことがない。当たり前すぎるからだ。
彼は魔法を信じている。トースターでトーストを焼くのも何らかの魔法だと思い込んでいる。自動的にストックしてある食パンでさえ杖の一振りでもすればそこに現れると思っている。
先ほど払込票の類は一切届かないと言ったが手紙は頻繁に届く。今日も三〇二号室のポストを見てみると一通の手紙が入っていた。まだまだ明るくなる気配もなく佇む夜空の下で封を開いて部屋へと戻りトーストをかじりながらその手紙を読んだ。
「親愛なる友人へ。僕はもうダメなようだ。君が言ったように二つの心が僕の一つの身体を引き裂いてしまうのだろう。もうかれこれ二週間も同じ苦痛を味わった。君は元気にしてるか?元気にしてくれていないと困る。僕がこの苦痛に耐えていられたのは君が何の心配もなく生きているからだと言っても良い。友人よ。君はいつでも自由な心でいてくれ。朝目覚めたくなければ夜に目覚めれば良い。働きたくなければ遊んで暮らせば良い。生きたくなければ死ぬ方法を考えれば良い。君は真の自由の意味を知ることの出来る人物なのだから。___軽薄なKより」
いつものKだ。彼はそう思った。それ以外の感情は何も起きなかった。空腹を満たすトーストが腹の中で一体になるのを感じる。トーストが染み渡り指先と爪先が痺れてくる。これぞ幸福だ。毎日の当たり前の魔法が織り成す技だ。
彼の心配事といえば存在意義に対する疑問だけだ。それ以外はテレビを見れば何となく消え去る。耳の周りをうろつく蚊の羽音でさえもテレビを凝視すれば聞こえることはない。
彼はおもむろに携帯を取り出して今日の予定確認をする。「午前五時からバイト」とカレンダーのメモ欄に書いてある。彼は紙飛行機を作っては投げるだけのバイトや泥団子をピカピカに仕上げるバイトをしている。もちろんそれとは関係なく彼の口座には自動的に決まった額が振り込まれている。彼がバイトとして認識しているものは子供の遊びだ。
しかし彼にとってもバイトは退屈で憂鬱なものに変わりない。「今日もサボってやろう」と考えて取り出したのは三部作ある一本三時間越えのマフィア映画のDVDだ。
しかしそのDVDが再生されることは無かった。何故ならその時に来客を知らせるチャイムが鳴ったからだ。面倒臭そうに扉に向かう。まずドアスコープに目をやって相手が何者かを確認する。知らない男だ。スーツ姿で宗教の勧誘パンフレットを持っている。この手の来客は彼にとってとても厄介だった。しかし中で足音がするのと深夜番組の笑い声が聞こえるのとでスーツは中に彼がいることに気付いているだろう。しかし何故こんな時間に?彼は困惑していた。
「夜分遅くすみません。実は私グリフという団体のものでして…」ここからなんと一時間もの間スーツの宗教家の話を聞かされることになる。彼にとっては飛んだ災難だった。