うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所

No.267 解

 

 

私はほつれた糸だけを取るつもりだった

だがスーツはいつまでも吐き出した

眺めていると止められなくなって

やがて小さな穴が空いた

 


革の鞄の中には重要な書類が入っていた

それをゴミ箱に放り込むと

ポケットの財布を出して手に持ち

安い服屋へと入っていった

 


そこには普段着慣れない

紙のようなペラペラした服が飾ってあり

私は試着もしないまま

それを買って 裏路地で着替えた

 


道行く人が私を見た

当然だ 何もかもが合っていない

高層ビルの中では忙しなく働いているのだろう

私も ほつれた糸を発見しなかったらそうしていた

 


レンタカーを借りようとも思ったが

それはつまらな過ぎるのでやめた

どこへ行くかも定かではないバスに乗って

二時間ほど揺られた

 


私は知らない場所へ来た

いや 「来れた」と言った方が正しいだろう

携帯はとっくに捨ててきてしまった

きっと契約は無しになるだろう

 


時々どうしてもこうしたくなってしまう

何も無い 知らない 人もいない

気持ちが良い 清々しい こういう場所で

私はやっと 生と死に向き合えるのだ

 

 

No.266 大きな犬

 

 

犬になりたい 人を噛み殺せるほど大きな

そうしたら麻酔銃でやられるのだろうか

大きな手術をしたことはなく 経験がない

無理やり睡魔に引き込まれる眠りに憧れる

 


私の知っている睡魔はいつも乾いている

質の悪い 浅い眠りにしか誘わない

きっと彼(あるいは彼女)が友人だったら

瞬く間に疎遠になるだろうと思う

 


すぐに起きてしまうような

中途半端な眠りか

一日を潰してしまうほどの

狂ったような眠りか

 


その二択だ そして魂は脳天の上

心は足元 身体は地中深くに沈む

犬になるしかないのだ 大きな大きな犬に

犬でなければ 猫でも良いだろうが

 


そんな犬になれたら

麻酔銃をこちらに向けられる前に

男と女の一人ずつでも

味を確かめてみたいものだ

 


それとも

麻酔銃は使わないだろうか

男と女の血を口元に付けていたら

私だったら迷わずに撃ち殺す

 

 

No265

 

 

彼は私に新車を見せびらかしに来た

車については詳しくない 興味もない

だが彼は車についてあらゆる方法でまくし立てる

仕舞いには 私は無能だと言っていた

 


そして 私たちは車に乗って煙草を吸った

新車の独特なにおいと混ざり合って

毒物のようなにおいになったので

喫煙が出来るカフェに入って話した

 


私は脈絡のないことばかり話したが

彼は他愛のない会話にも意味を求めた

彼にとって車は素晴らしいもので 男は強い

女はくそったれで 乗り心地も悪い

 


私は彼を見下しているが

彼も私を見下している

新車を買った自分を見せに来た彼を

そんな彼に憧れなど持ちようがない私を

 


見下している 彼と私の違いは

自分を愛しているかどうか それがどれだけ凄いことか

私は自分を憎み 無意味に詩を書き 絵を書く

彼は自分の行為を無意味と自覚していない

 


それがどれだけ幸せなことか

愚かさを知らない男ほどタチの悪いものはない

愚かさを知ってしまうとどうなるか

簡単だ 途方もなくつまらなくなる

 


とりあえず私は彼に最後の抵抗をした

所有物はお前の価値を決めない と言った

彼は私を いつものように嘲笑っていた

どちらが負けているかは 一目瞭然だった

 

 

No.264

 

 

避ければ良い

滅茶苦茶な頭の中を覗かれる前に

殴られても蹴られても

何も言わないような群れだ

 


逃げれば良い

無茶苦茶な生活を咎められる前に

罵られても虐げられても

何も言えないような群れだ

 


都会へと通じる一本の線がある

その線を辿れば気分が解ける気がする

それは壮大な勘違いだが

まぁ そんなものなのだろう

 


日差しが強い日は雨の日よりもマシだ

身体に水滴が付くか 身体から水滴が出るか

オレンジを憂鬱な色に感じて

空の青さと対比で更にしみったれている

 


群れから外れると あとは死を待つだけ

足掻くことも諦めてしまいそうになる

諦めた先には何があるのか 何もあるはずない

まぁ そんなものなのだろう

 

 

No.263 夜の街

 

 

忙しなく動き続ける

無神経な奴らの間を

すり抜けるには

こちらもそうするしかない

 


張った目玉 PCを見すぎた

テニスボールを二個つけているようだ

私はガムを取り出し口に入れた

硬質な味 ミントは冷静さを分けてくれる

 


無神経な奴らは盲目だ

身体がぶつかっても何も言わない

感覚は取り除かれて 空中を舞い

それが雲の手前に溜まっている

 


目が痺れそうに光る看板が

夜中の街に浮かび上がっている

どこの国かわからない言語が聞こえて

自然に身体が固くなってくる

 


私は無神経になれなかったが

盲目にはなれたみたいだ

身体に誰かが当たる度に痛みが走る

ハンドボールの目玉は役に立たない

 


目玉に当たった時が一番きつい

尋常じゃない痛みに耐える

耐えかねるまで耐えてみて

あとは叫ぶままに任せる

 


夜の街は遠吠えを反響させ

隣の街まで届ける

私を獲物にしようとする奴らの

牙を研ぐ音が聞こえてくる

 

 

No.262 喉仏

 

 

停止した立川行に乗ると

首を真上に傾けた女が対面に座っていた

乗客は少ない 端の方の座席

彼女の喉仏が話しかけてきた

 


「今日はどこへ行くの?」

後ろの夕陽が美しい 脂汗を照らす

「どこへも 用もなく彷徨う」

喉仏は高らかに笑った

 


客の扱いに慣れた商売女のようだ

何もかも話してしまった

立川までに惚れそうになったが

彼女は起きて 喉仏と一緒に降りていった

 


危ないところだった 大して美人ではない

マスクをつけて化粧を誤魔化していたのだろう

だがマスクの下の方は 魅力的だった

刃を突き立てたくなるほど 喉仏は語りかけてきた

 


自分の喉仏を触る どくんどくん

脈打って破裂しそうに膨れている

言うまでもなく 風邪をひいてしまったらしい

電車を降りて 改札を出て マスクを買いに行った

 

 

No.261 洗い過ぎた服

 

 

こびり付いた汚れを洗うために

冷たい水に手を浸すような

意味の無い行為に酔いしれている

私は彼を「苦労人」とは呼ばない

 


恥ずかしそうに こっちを向いて笑う

彼はいつも私の言葉を聞いている

聞くだけ聞いて 自分の事は話さない

私の弱みを握り 誰かに話す魂胆だ

 


私はいつも愚かな彼の潰れる様を

壁に映し出す ちょうどスクリーンのように白い

彼はいつも愚かな私の落ちぶれる様を

夜空に映し出す ちょうど映画館のように暗い

 


「それで 君は今一体何をしているんだ?」

「何にも 日がな一日ぼおっとしているよ」

「そうか 私の話を聞いているだけか」

「飽きたら帰るよ それで良いだろう?」

 


酒と煙草を散らかしにやってくる

彼は他の連中とは違う 媚びは売らない

私を尊敬すらしていないだろう

きっと彼には誰も見えていない

 


見えないからこそ 弱みがわかるのだ

見えるものには恐れを抱いてしまう

私は彼が居ると不機嫌だった

それは 彼が間抜けだからこそ見抜いているからだ

 


弱みは見えない 大抵の人間は見せない

私だってそうだ 弱みを見せたくはない

タニタ笑う彼には それだけが見えているのだ

そしてそれを発信する 奇妙なモンスターだ

 


「友人は元気か? ほら この前言っていた」

「あぁ あいつはもう死んだよ」

「それはお気の毒に 君が殺したのか?」

「いいや あいつは海に溺れただけだよ」

 


彼は友人の死を悲しむ度胸が無かった

聞き出せたのはその友人のことだけだった

それ以外は 少しだって言わなかった

もしかしたら 彼は本当に何も持っていないだけかも知れない

 


ベルが鳴る

「君か 入れ」

洗い過ぎた忌々しい服

「ありがとう」

 


私と彼はいつの間にか親友のように

毎晩酒と煙草を散らかすようになった

私は気が付いた 彼は何も見えていないが

それは私も同じなのかも知れないと

 


私も何かに酔いしれていた

自らを哀れに思っていたのだ

彼はそれを見抜いていた

そして 私の服は今日も完璧だった