うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所

No.158 八分

 

煙草の吸殻が溜まった

錆びた大きな缶がある
腰掛けている場所も錆びついていて
いつしか自分も錆びそうだ

 

なんとなく空を見上げる
雲一つなく綺麗だとは思う
ただ青が少し煤けて見えて
眼鏡のくもりに気がついた

 

ひん曲がった鉄のパイプが
殴られたように凹んでいる
そこに卵を落として
目玉焼きを食べたくなる

 

ガスボンベは親しげで
ファンはいつまでも回っている
たまに聞こえる機械音が
呻き声に思えて笑えてくる

 

そしてまた時間が過ぎる
短い休憩は終わってゆく
煙草の火を消し 扉を開けて
少しのため息と一緒に扉を閉める

 

No.157 森の人

 

重なり合う光の中で
呼吸する 木漏れ日はいつも優しい
獣の死んだ匂いのする森の中で
何故こんな気持ちになるのだろう

 

焚き火の火が消えている
灰が風に舞っている
少しだけ故郷が恋しくなり
遠くの山をじっと眺める

 

誰の声も聞こえない
自然は そこにあるだけで
こちらに話しかけてくることはない
それでも木々の言葉を探っている

 

そうやって何年も待ち続けている
自分の存在が消えて無くなることを
しかし 生きながらえることでしか
死に近付くことが出来ないでいる

 

この森に佇む一つの塊として
いつか朽ち果てるのを待つ置物として
虫に喰われ 獣に喰われる餌として
そして 人間として生きた証として

 

この身体は今も生きている
消えた焚き火を追いかけるように
この精神は今も変化する
燃えた後の木々が灰になるように

 

No.156 徘徊者

ネオンの響く街があった
音が眼前に広がり 耳は咀嚼した
一人の男はスーツを着て
その街に革靴の音を取り入れた

悲しみが乾いて消える前に
「もっと近くに来てくれ」
男は抱き寄せた思い出と共に
いつまでもいつまでも歩いていた


激しい雨の後 直射日光で干上がった後のアスファルト
夜になるとヤスリで削った鏡のように反射した
街灯に挨拶 浮浪者に敬礼
ガソリン代わりのコーヒーの湯気が鼻で笑った

男は口笛を吹いた 聞いたことのない曲を
その曲につられて煙草の煙は輪を描く
スルスルと通り抜ける人混み
ラクションが銃声に聞こえた


倒れこむ人々 そんな妄想
「ざまあみやがれ」 そんな妄言
男が罪を犯すたびに何重にもなった鎖が
そんなひとときに錆びて崩れていった

また一つ また一つ 崩れていった
罪を感じなくなった男はただの人形のようだ
また一つ また一つ 壊れていった
男は彷徨い続け 獲物を探していた


罰を受けることも出来ずに
男はネオンの街に埋もれていった
あらゆる欲望に溺れることもなく
ただただ埋もれ 同化していった

そして また行方不明者が増えた
誰に顧みられなくなったとしても
男は 彼らも 彼女らも いつまでも覚えていた
その思い出を抱き寄せて彷徨い続けた


鏡で自分の顔を見るたびに
男は脳内でモンタージュを作った
その顔を街中に張り付け
「俺がやった」と呟いていた

ネオンが響く街の中で
スーツはいつまでも整えられたままで
男の靴音が鳴り止むことはなく
決まり事のよう取り入れられていった

 

No.155

 

当てもないのに 何処へゆくの?

返事も無くて 孤独が響く

すれ違った事柄ばかりを考えて

今あるひと時を蔑ろにする

 

子供の頃は どんな風に過ごした?

大人になったら どんな風になりたかった?

そんな問いかけも 意味をなさなくて

今あるひと時だけが 重くのしかかる

 

それでも あの子の言った

言葉の煌めきと 揺らめく矛盾が

それでも あの人の言った

言葉の綻びと 揺るぎない真実が

 

私の瞼を開かせているから 見えている

私の唇を開かせているから 語っている

 

生まれ変われるとしたら何になろう

大空を飛ぶ鳥にでもなってやりたい

もし私が鳥になったら

雲に影を写して 一日中遊んでいる

 

全てやり直せるとしたら何をやろう

ギターを弾けるようになってやりたい

もし私がギターを弾けたら

雲に向かって 一日中鳴いている

 

当てもないのに 何処へ行くの?

その問いかけに 返事が出なくて

すれ違った人々ばかりを数えて

足踏みしたまま 空想に耽る

 

咲き誇れるなら 花になりたい

人知れない場所でひっそりと

触れ合えるのなら 猫になりたい

喉を鳴らして頰を擦り寄せて

 

悲しいことに 当然のように

今あるひと時が 全て本物で

せめて偽物ならと 時計を捨てても

長針と短針は 回り続けている

 

回り続けている そのことばかりを

ただそれだけを頼りに 鼓動が連なっている

No.154 野生

 

抱き合あえば二人は馬鹿らしくなった
こんなものかと落胆して幻想に浸った
触れ合う皮膚はどこまでも冷たく感じ
擦れ合った後には何もないと決め付け

 

男は裸のままジャングルに消えてゆく
女は服を探してデパートに歩いてゆく
愛想の悪い風が髪を飛ばそうとしたら
男は頭を抑え 苦し紛れの言い訳をする

 

疲れ果てたベッドはしわくちゃになり
女がいなくなっても男はしがみ付いた
離れてゆくことは必然だったとしても
愛を終わらせた女が憎くて仕方ない男

 

くだらない冗談を愛していた別の女が
思い出の中だけでこちらに手を振って
後悔を山のように積んでも果実はなく
空腹を誤魔化すように別の女を探した

 

ある日 男が夢見心地から覚めた瞬間に
馬鹿らしくなった心に炎が揺らめいて
予感だけが飛び交い ベッドを整えても
男は結局ジャングルで彷徨うしかない

 

No.153 未遂

 

あの頃の懐かしい音楽がこぼれ落ちて
走馬灯は何よりも彼を優しく包み込む
やがて消えてゆく儚いものだとしても
彼の記憶を持つ者がいることは幸福だ

 

煌めく草原に立つ幼い日の彼の記憶は
彼の脳裏に蘇り 美しく風が吹いている
草臥れたスーツが雨を吸い込む感触を
彼は最後の感触として残そうと考える

 

鳴り響いた銃声に人々が集まって来た
彼はその足音や吐息を愛おしく感じた
雨が降る廃れた街の廃れた連中の気配
黒ずんだ空の下 彼は虚ろに彼らを見た

 

警官たち サイレンの音 救急車 青い服
担架に乗せられると痛みが増してゆく
口元に当てられた酸素マスクを退けて
彼は死なせてくれないかと叫んでいた

 

病室で目を覚ますと晴れた午後だった
チューブで繋がれた自分の身体を見た
彼は彼の中にあった感情を失っていた
ただただ外を見つめ 絶望を感じていた

 

No.152 先輩

 

焦らし過ぎて 飽きてしまい

それでもなお 焦らしたがり

あいつの顔と こいつの顔を

足して割って 引いてかけて

 

足についた 画鋲の傷が

心地良いから 鼻歌歌う

あの子の瞳と あの子の身体

天秤にかけて 身体を捨てる

 

ロッカールームに 足跡二つ

靴底型に 凹んだようで

嫌われている 自覚をすれば

嫌うことなど 造作もなくて

 

だから彼は 皮肉を言った

だから彼は 全てを憎んだ

だから彼は 友人を見捨て

泥で塗り固めた顔で 平然としている

 

我が物顔で廊下を歩く奴らに

食らわせる  視線の弾丸を

借り物の言葉で武装する奴らに

食らわせる  正当な散弾を