No.587 幸福な彼に祝福を!

 


彼は目覚めると 祝福を受けていた

父も 母も 妹も 弟も 拍手をしていた

全てのものが白く統一された部屋で

彼は 今日起こることに期待を寄せた

 


彼はまず コックの格好に着替えた

帽子のシワをピッシリと整えた

鏡を何度も見て 思わず笑みが溢れた

何にも変えられない 幸福を感じて

 


彼は家族と一緒に外へ出た

この街の摩天楼はみんなピカピカだった

一歩一歩を確かめるように

彼は 家族の先頭を歩いて行った

 


摩天楼を繋ぐ通路を歩いていると

近くのヘリポートに小型の飛行機が一機止まっていた

曲線が 日の光を反射していた

真っ白な機体は摩天楼を映した

 


更に歩いて行くと

輸送機と 大型の装置が置いてあった

これが 彼の運命を決める

大切な何かであると信じていた

 


装置は球体を四つの足で支えて

その球体は 下に人が一人入れるくらいの高さにあった

彼は 装置の調整をしていた女性に指示をされて

装置の下へと入るが コック帽が少しかするのでしゃがんだ

 


「あの もう少し高く出来ますか?」

彼が聞くと 女性はカタコトで「いえできません」と言った

頭上を見ると 球体の底にメッセージが書いてあった

「あなたは大切な贈り物ですから まず挨拶をして下さい」

 


彼は少し 疑問に思った

(僕は 贈り物なのか?)と

事前に知らされていた情報では

彼は特権階級の仕事に就けるという話だった

 


球体が だんだんと降りて来た

底に穴が空き 球体は彼をすっぽりと包んだ

球体の中は 電気を流すような黄色い線があった

その時 彼に不安が押し寄せて来た

 


(この装置を作った国は

 ワープ装置を作れるほどに技術があっただろうか

 そもそも この装置はワープ装置なのだろうか

 少し熱くなってきた これから何が起こるだろうか

 


 そういえば この国は謎が多い

 独裁政治と貧困の差が激しいというイメージだ

 そんな国に行って 何をさせられるだろうか

 もう一度 家族に会うことが出来るだろうか)

 


そんな考え事がぐるぐると回る中

装置は音を激しくして起動していた

球体の回転も速くなり 彼は身動きが出来なかった

彼は 蝿と男が融合してしまう大昔の映画を思い出した

 


彼の弟は それから彼がどうなったか知らない

父と母は 帰らない息子を取り戻すために

様々な活動をしていたが 母は自殺し 父も病死した

妹は 兄のことは忘れたいと 家族と距離を取った

 


白髪混じりの髪をかき上げながら

涙ぐむ彼の弟に 記者は何も言えなかった

真実は 記者の取材ノートに記されていた

ワープ装置は その時代になっても まだ開発されていなかった