No.350 バリカン

 

 

傷だらけの顔や身体に塩を塗る

清めるための痛みに耐える

伸びきって傷んだ髪は彼に張り付き

名残惜しそうに彼を見ている

 


ガリガリと 骨を貪る音に聞こえる

案外 髪を削ぐこと自体は悪くない

ただこれに至った経緯と 彼の誇りを思い

彼は自分自身が 哀れに思えてくる

 


拳を握りしめて 削ぎ終わるのを待つと

充電式のそいつは 大人しくなった

だが彼ははっきりと聞いた 「こっちを見ろ」と

そいつは まるで昔からの知り合いのように話しかけた

 


「お前 一体何をやらかしたんだ?

    惨めな坊主頭になっちまったなあ

    ここの連中は仕事が雑だろう?

    俺はもう少し剃りたいんだがよ」

 


彼はじっとそいつを見た 

そいつは今さっきまで 貪るように髪を削いだ

少し生暖かい気がして 脳天を触ると

かなり傷だらけになっている 刃が悪いのだろうか

 


そいつは 彼と同じ場所に来た男たちの

情けない有様を嬉しそうに話し始めた

そいつを忘れて看守たちは帰って行き

彼はそいつと一緒に過ごさなければならなかった

 


彼の暴力にまみれた生活を聞くと

また嬉しそうにして 「もっと聞かせろ」と言った

そいつは髪を削ぐ仕事を十年も続けているらしい

(そりゃあ 虫刃になるわなあ)

 


その晩 彼が眠れずにいると そいつが寄り添ってきた

なんだ?と思ったが 別に悪い気はしなかった

すすり泣きしているようだ 悲痛な泣き声

月夜は 二人を照らさずに過ぎていった

 


彼は眠ると 夢を見た 

大切な人々と学校へ行き

年齢もないその夢の中で

ずっと国語の授業を受けていた

 


目が覚めると 彼は何事も無かったように忘れて

いまだに起きないそいつを眺め 少し笑い

何もかも馬鹿馬鹿しく思い そうして虚無が広がり

此処へ来る前にしたように そいつを壁にぶん投げてやった

 


そいつはバラバラになって 部品が散らばった

看守たちが何事かと現れて 彼はそれも壁に投げた

みんなみんな バラバラになった

最後に彼も 壁に全速力で走り バラバラになった

 


壊れた部品が コソコソと動き始め

自分で自分を組み立て始めた

彼に壊されたバリカンは 元通りになり

またここへ来る男たちの髪を 削ぎたがっている

 


その時には この勇敢な彼のことを話そうと決めた

壁にぶつかり バラバラになる彼は美しかった

バリカンは 嬉しそうに独り言を言い始めた

「あんた最高だぜ 早く誰かに教えてえなあ」

 


しかし 彼以降 此処へ来る者は無かった

バリカンは悲しくて泣きっぱなしだった

彼に寄り添った あの夜を忘れられなかった

そして誰も知らないところで とうとう バリカンは バラバラになった