No.336 ムシササレ

 

 

痛みが走る 男の右腕に虫がいた

平手で潰して しばらく経つと そこが膨れる

スノードームほどになると 泡がたつ

ぶくぶくと 下から上へ空気が溜まる

 


空気が半分覆うと 赤い点が生まれる

男は右腕を食い入るように眺める

会社に行けずに 困り果てながら眺める

赤い点は 分裂し 次第に大きくなる

 


上司に連絡しても なんと言えば良いかわからず

途中で電話を切り すぐさま 右腕を眺める

スノードームはバスケットボールほどになり

赤い点はうぞうぞと無数の手足を生やし始めた

 


虫刺されのバスケットボールの中は

男の 「肉という陸」と 「膿という海」に分かれ

うぞうぞと蠢く赤い点たちの中から

海から陸に上がる点も現れてきた

 


(なるほど なんのことはない

    地球における生命の進化を 赤い点は示している)

男はそう理解して 仕事のことを忘れ 生活も忘れ

ウイスキーを飲みつつ 右腕のバランスボールを眺める

 


数日後 赤い点たちは 最早男より大きな球の中で

小さな赤い人間に 進化しようとしていた

男は 朦朧とする意識の中 その光景を目に焼き付け

大きな球の中の小さな赤い人間に 名前を付けていた

 


数十日後 男はカラカラになっている

部屋からはみ出した 今にも割れそうな虫刺されの中

初めて外の世界を  混沌とした人間の社会を

赤い人間たちは 薄い皮膚に手を当てて 眺める