No.300 針と膿
美しい女が笑っていた
彼はその女に見覚えがなかったが
美しさに目を奪われ
何時間もそこで見つめていた
ふと風が通り
無数の針が彼の頭上を掠めると
その女に突き刺さり
安全な剣山のようになってしまった
しかし 女は笑っていた
そして 美しかった
こちらに針の先が向いていないせいでもあるが
彼は尚更女を見つめた
針はくい込んでゆき
肉を内側へとめり込ませた
中からは血ではなく膿が出て
女はたちまちに黄色っぽい白になった
彼は針と膿をかき分けて
女の素肌を確かめようとした
針を抜こうかとも思ったが
空気まで抜けて萎んでしまうのが怖かった
素肌に触れて 彼は安堵した
女は美しく そこに居る
口元に触れ 彼はまた安堵した
女は笑い 彼を抱き寄せようとしていた
膿が流れきり 女は瑞々しく現れた
突き刺さっていた針は落ちた
無数の穴からは微かに風が吹き
彼の髪をなびかせ 美しい音色を聞かせた
手繰り寄せられた唇を触れ合わせると
今度は彼に針が突き刺さった
彼からは膿ではなく血が流れて
女の身体に赤が降り注ぎ 女は恍惚の表情を浮かべた
女は渇ききって倒れた彼を見下ろした
どこまでも冷たく 沈んだ黒い瞳だった
彼はその時 女のことを思い出しながら
微かにある意識で 内側から風が出るのを感じていた