No.295 (タイトル思いつきませんでした)

 

男たちが 彼を標的に仕立てていた頃に

彼は通りすがりの老人に 話しかけられ

「幸福が欲しいなら この本を買え」と

怪しい本を買わされ 困り顔をしていた

 


五千円札と老人は いずこへ去ってゆき

彼は本を パラパラとめくり遊んでいた

男たちが 血眼で彼を探して走り回る頃

彼は呑気に 幸福はどんな物かと考えた

 


あの老人に 彼を幸福にするほどの徳が

あるとするなら 男たちは此処に来ない

彼はそう思って 重い目蓋を閉じようと

頬に手をついて しっかりと欠伸をした

 


驚いたことに 男たちは彼を探し出せず

彼はカフェの奥の方の席で 眠りこけた

本の文は 読めるものが一つもなかった

象形文字のようなもので 彼の夢に出た

 


目が覚め カフェを出ると外は明るくて

彼を探す男たちの影すら 見当たらない

鞄の中の 盗んだ札束の感触を確かめて

幸福をくれる本を片手に 家路についた