No.290 夏の日の少年
自家用ジェットのサンダルを履いて
駆け出した少年が水溜まりを飛んだ
話しても話させても足りない
聞いても聞かせても足りない そんな夏の日
スイカ割りがしたかった
スーパーに並んだスイカを眺めながら
そこまで好きではない果物の前で
彼はひたすらにかいた汗を乾かした
風鈴の音がした 少年の心の奥から
そしてまた走り出した ポカリスエットを片手に
サッカーボールを蹴るために
何処かに潜む友人を探し当てるために
走り出したは良いものの
彼は迷子になってしまった
少年にとってこの街は大き過ぎた
涙が溢れそうになると 耐えるため独り言を言った
自家用ジェットのサンダルが脱げて
困ってしまったがそのまま歩いた
裸足ではアスファルトが熱過ぎて
デパートに入るとタイルが冷えて気持ちが良かった
そんな夏の日 彼は何かを失った
そして何かを得て 家までの道のりを思い出した
家に着くとスーツに着替え 書類をまとめ 革靴を履き
駅に向かい 電車に乗った
並んだ頭に スイカ割りを思い浮かべながら
赤とピンクのちょうど隙間を縫いながら
彼は少年のまま 勤めている会社へと向かった
一日中落ち着きがなかった 早く帰りたかった
昼から夜まで働いた アルコールは飲めなかった
素晴らしい一日が終わってしまった
夏の日に ジェット機のサンダルに乗って
少年も何処か遠くの方へ飛んで行ってしまった