No.289 ノコギリ
脳を切り開くノコギリ
そんなもののために彼は死んだ
彼にしか出来なかったことは
永遠に出来ないままだ
そのノコギリを
彼の親友が布巾で拭いていた
見つかることはない
隠れる必要もない
彼の親友は打ち勝ったと思っていた
彼がどれだけ力を持っていようと
そんなことは知ったことではなかった
また青い空の下で 普通に歩けるだけで良い
彼の親友は 彼を尊敬していた
だが ノコギリは容赦なかった
尊敬の上には畏怖があった
畏怖は強大になり 彼の親友を締め付けた
ただ少しの違いだった
ボタンのかけ違いのようなもの
そんなもののために 二人は決別した
二つの世界の 一つは消えた
ノコギリは道端に落ちていた
断頭台は束になって壁を作った
彼は彼なりに抗ったつもりだった
彼の親友は ただノコギリを拾った
彼はノコギリが頭蓋骨を擦る音を
死に至るまで鮮明に聞いていた
病理は精神に消されてしまった
彼は死んだ後もこの世に残った
彼の親友は 彼の面影を見た
鏡の中に その奥底に
畏怖だけの闇を感じ取った
自分にノコギリを使う度胸は彼の親友にはない