No.175 喪失

 

 

ぶっ倒れそうな身体をベンチに座らせた
この公園には煙草の吸殻が多過ぎた
捨ててあった空き缶を灰皿にして
眩しい太陽から逃げるように日陰

 

そう はぐれてしまったのだ
勤め先には 訳あって行かなくなった
それから身体は日を数えるごとに重くなるし
このままでは畳に人型の穴が空くだろう

 

その穴を見て
死体が腐って 布団を 畳を 腐らせて…
そうやって出来た穴だと思う人が
きっと多いことだろう

 

しかし 忘れてはならない
まだ死んでいないのだ ベンチの上で息をし
蠅のようなか細い声で 鳴いていた
身体に集るのは 蠅ではなく視線だ

 

誰のものでもない視線
複数いる自分の視線
何処に居ても感じてしまう
お前のせいだ お前が悪い お前が弱い

 

お前が汚い
お前が逃げた
お前が居なければ
お前の周りは幸福だった

 

そんなことを
言われているような
口を動かさずに
囁かれているような

 

掻き消そうとしても
日陰の奥の奥に仕舞い込んでも
めり込み 突き刺し 視線に何処までも追いかけられた
罪悪感という名を借りて 何処までも追い詰められた

 

そして次の一歩をむしり取り
むしゃりむしゃりと素知らぬ顔で平らげた
右足をやったから腹一杯だと思いきや
几帳面に左足まで食いやがった

 

さて どうしたものかな
公園から出られなくなってしまった
腹も減って来たし 少し眠りたい
太陽はいつの間にか月にどかされていた

 

「おい お前 そこのお前
何してんだ こっちを見ろ
おい お前だよお前 聞こえてるだろ
蠅みたいな声でも 届いてるはずだろ」

 

声をかけていたのは下手くそな落書きだった
落書きに上手いも下手も無いが
この壁には そしてこの落書きには
誰かのほんの小さな精神すら残っていなかった

 

この落書きだ
自分は この落書きと同じだ
そういえば こんな顔をしていた
いや 待てよ 此処は何処だ?

 


気が付くと朝になった
畳には穴が開いていたが
その形は人では無く
小さな小さな円だった

 

公園からどう帰って来たのかわからない
今何時なのかもわからない
窓から差し込む光の加減で
夜が明けて間もないことだけがわかった

 

そして
身体は天井のシミになっていた
拭いても拭いても取れない
悪夢のような形でこびり付いていた

 

自分は 自分ですら無くなり
残ったのは小さな円の穴だけで
誰に顧みられることもなく
ただただ 寝室を見下ろしていた

 

 

それからというもの

ただただ 寝室を見下ろしている