No.156 徘徊者

ネオンの響く街があった
音が眼前に広がり 耳は咀嚼した
一人の男はスーツを着て
その街に革靴の音を取り入れた

悲しみが乾いて消える前に
「もっと近くに来てくれ」
男は抱き寄せた思い出と共に
いつまでもいつまでも歩いていた


激しい雨の後 直射日光で干上がったアスファルト
夜になるとヤスリで削った鏡のように反射した
街灯に挨拶 浮浪者に敬礼
ガソリン代わりのコーヒーの湯気が鼻で笑った

男は口笛を吹いた 聞いたことのない曲を
その曲につられて煙草の煙は輪を描く
スルスルと通り抜ける人混み
ラクションが銃声に聞こえた


倒れこむ人々 そんな妄想
「ざまあみやがれ」 そんな妄言
男が罪を犯すたびに何重にもなった鎖が
そんなひとときに錆びて崩れていった

また一つ また一つ 崩れていった
罪を感じなくなった男はただの人形のようだ
また一つ また一つ 壊れていった
男は彷徨い続け 獲物を探していた


罰を受けることも出来ずに
男はネオンの街に埋もれていった
あらゆる欲望に溺れることもなく
ただただ埋もれ 同化していった

そして また行方不明者が増えた
誰に顧みられなくなったとしても
男は 彼らも 彼女らも いつまでも覚えていた
その思い出を抱き寄せて彷徨い続けた


鏡で自分の顔を見るたびに
男は脳内でモンタージュを作った
その顔を街中に張り付け
「俺がやった」と呟いていた

ネオンが響く街の中で
スーツはいつまでも整えられたままで
男の靴音が鳴り止むことはなく
決まり事のように取り入れられていった