うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所

No.88 小説の切れ端

・今書いている物語の冒頭です。まだ自分でもどうなるかわかりません。

 

午前一時〜午前二時


始まりはいつものベッドの上だった。「想像で物を言うな」という台詞があるが想像の産物こそが彼の住む世界だ。彼はいつも眠そうな顔で寝癖も直さない。そんな彼だからこそ想像の中でのうのうと生きていられるわけだ。
朝に始まり夜に終わる。そう簡単にはいかない。彼は夜行性の動物のように午前一時きっかりに起き上がる。ベッドの上で頭がはっきりと…かき氷を食べた時になるあのキーンとした痛みを感じるほどはっきりと…冴えてゆくまで座っている。目を閉じて彼は一言も発さない。何故なら、彼の周りには誰も居ないからだ。
一人で喋る時間は共通した特徴がある。イヤホンを耳にさして無音を楽しんでいる時だ。ラジオDJのように流暢に今日起きたことを語り出す。それは午後六時。いわゆる彼の「就寝前」に行われる。
そうだそうだ。始まりの話をしていたんだ。終わりの話をしてしまうと「今日起きたこと」がうやむやになってしまう。
まず彼は頭を冴えさせてから今日することを考える。仕事に行っても良いし行かなくても良い。どうせ想像の中なのだから腹が減ることもない。それならば何故睡眠をとるのか?そんなことは彼に聞いてもわからないだろう。何故なら彼は自分が想像の中に住んでいるという自覚さえないのだから。
遊びに行くにも金がかかる。いや正確に言えば「金はかからないが彼は自分をひどく惨めな身分だと思い込んでいる」というわけだ。
何をするにも彼を止める者はいない。切符を買わなくても駅の改札で引っかかることもなければコンビニからサンドウィッチと生ハムとサラダをごっそり買い物カゴごと頂戴しても誰に咎められることはない。
しかし彼は想像の中で自由を欲していない。束縛されて必要とされたがっている。あいにくそんな機会は生まれてこのかた一度もないが…彼は生まれて数週間目の新米だ…彼の中でもっとも大きく育っている感情だ。
いつも眠そうで寝癖も直さずのうのうと生きている彼は自分の存在意義を探している。しかも明確に。のうのうと生きているのではなく生き方を知らないだけなのかもしれない。彼は「考えていない」のではなく「どう考えていいかわからない」のだ。
恐ろしく深い眠りから覚めた後は苦いコーヒーを飲みたくなる。彼は甘党だが「豆から煮出した香りの強い飲み物」を飲む場合のみ砂糖を入れない性格らしい。しかめ面をしながら不味そうに飲んでいる様子から好きなわけではないというのがわかる。「飲みたい物=好きな物」ではないわけだ。
これは他の彼を取り巻く何らかにも言い換えることが出来る。「話したい人=興味のある人」でもないし「ハンバーグ=デミグラスソース」というわけでもない。彼はいつも「飲みたい物(苦いコーヒー)=好きな物(糖分)」ではないということに関して疑問を持ち続けていた。もしも恋人がいたとして「愛している女=大切な人」でなかったとしたら一体誰が彼にとって「大切な人」なのだろう?そんなことを考えてはいつの間にか一時間ほど経ってしまっている。
彼にとってはコンタクトレンズをはめることさえも重要な成長へのステップだ。まるで細かいロールプレイングゲームのように経験値を日々稼ぎまくる。彼の冒険は彼自身でさえも予想がつかない。そしてそんな出来事は午前二時に起きた。
そうは言っても一時に起きてから二時の間に特殊なことが無かったわけではない。彼の生活は発見の連続だ。そしてその発見の積み重ねによって彼は何かをわかった気でいる。
頭が奥の奥まで冴えまくって眠気というものが消え去る瞬間というのは心地の良いものだ。まず手を開いて閉じる。足の親指から小指に動かし小指から親指に動かす。良い感じだ。彼は寝言のような唸り声で朝食に何を食べたいか呟く。「トーストにバターと蜂蜜をトッピングしてやれ」。
タイマーが鳴り響く音が彼の今欲する最も強い感情に答える。食欲は午前と午後に関わらず人それぞれの時間帯で訪れる。彼は健気な赤ん坊のようにその音を待ちわびていたのでトーストはこんがりとそれに答えてくれる。
彼の家には冷蔵庫も洗濯機も電子レンジもトースターもある。贅沢な話だが電気代を気にしたことはない。彼の元に払込票の類は一切届かない。永久的に「電気」「水道」「ガス」「電話」「インターネット」さらには「家賃」を支払う必要が一切ない。現実を生きる人々からすればこれは素晴らしく羨ましいことだ。しかし彼はそれをありがたいとも思ったことがない。当たり前すぎるからだ。
彼は魔法を信じている。トースターでトーストを焼くのも何らかの魔法だと思い込んでいる。自動的にストックしてある食パンでさえ杖の一振りでもすればそこに現れると思っている。
先ほど払込票の類は一切届かないと言ったが手紙は頻繁に届く。今日も三〇二号室のポストを見てみると一通の手紙が入っていた。まだまだ明るくなる気配もなく佇む夜空の下で封を開いて部屋へと戻りトーストをかじりながらその手紙を読んだ。
「親愛なる友人へ。僕はもうダメなようだ。君が言ったように二つの心が僕の一つの身体を引き裂いてしまうのだろう。もうかれこれ二週間も同じ苦痛を味わった。君は元気にしてるか?元気にしてくれていないと困る。僕がこの苦痛に耐えていられたのは君が何の心配もなく生きているからだと言っても良い。友人よ。君はいつでも自由な心でいてくれ。朝目覚めたくなければ夜に目覚めれば良い。働きたくなければ遊んで暮らせば良い。生きたくなければ死ぬ方法を考えれば良い。君は真の自由の意味を知ることの出来る人物なのだから。___軽薄なKより」
いつものKだ。彼はそう思った。それ以外の感情は何も起きなかった。空腹を満たすトーストが腹の中で一体になるのを感じる。トーストが染み渡り指先と爪先が痺れてくる。これぞ幸福だ。毎日の当たり前の魔法が織り成す技だ。
彼の心配事といえば存在意義に対する疑問だけだ。それ以外はテレビを見れば何となく消え去る。耳の周りをうろつく蚊の羽音でさえもテレビを凝視すれば聞こえることはない。
彼はおもむろに携帯を取り出して今日の予定確認をする。「午前五時からバイト」とカレンダーのメモ欄に書いてある。彼は紙飛行機を作っては投げるだけのバイトや泥団子をピカピカに仕上げるバイトをしている。もちろんそれとは関係なく彼の口座には自動的に決まった額が振り込まれている。彼がバイトとして認識しているものは子供の遊びだ。
しかし彼にとってもバイトは退屈で憂鬱なものに変わりない。「今日もサボってやろう」と考えて取り出したのは三部作ある一本三時間越えのマフィア映画のDVDだ。
しかしそのDVDが再生されることは無かった。何故ならその時に来客を知らせるチャイムが鳴ったからだ。面倒臭そうに扉に向かう。まずドアスコープに目をやって相手が何者かを確認する。知らない男だ。スーツ姿で宗教の勧誘パンフレットを持っている。この手の来客は彼にとってとても厄介だった。しかし中で足音がするのと深夜番組の笑い声が聞こえるのとでスーツは中に彼がいることに気付いているだろう。しかし何故こんな時間に?彼は困惑していた。
「夜分遅くすみません。実は私グリフという団体のものでして…」ここからなんと一時間もの間スーツの宗教家の話を聞かされることになる。彼にとっては飛んだ災難だった。