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うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所。

No.81 亡失

 

大切な何かを誰かに売り渡してしまい
男はそれが何なのかすら忘れてしまう
乾いた口笛と煙草の煙の中で微笑めば
死んだはずの過去が壁に映し出される

 

それは何だったのだろう とても大切で
命より重い価値のあるものだったはず
男はまた過去を映した壁を眺めている
開け放しの窓から吹く風にも気付かず

 

くだらない妄想のようなものだったか
幼い頃から仕舞いこんだものだったか
誰かに奪われぬように鍵をかけていた
それを誰かに売り渡してしまったのだ

 

現実が目の前に落ちると過去は消えて
おびただしい雑務を背負いこまされて
忙しい都会の一部に組み込まれてゆく
男は自分の名前すらわからなくなった

 

ある日の夕暮れ すれ違った美女を見た
見たことのある顔だが誰か忘れていた
この女に男は何かを売り渡したのだが
星が出ても男は何も思い出せなかった