うたもち現代詩

詩を書き連ねる場所

No.19 追憶

触れられるものを全て無機物に変える能力を持つ老人がいた

 

目の見えないその老人は歩くとき何かに触れながら歩いた

 

その老人から金を巻き上げようとした悪党は彼の右手で黙り込んだ

 

彼の愛した人々は彼の能力によって黙り込んだ

 

この世界が全てだ

私の名前も暗闇の中に漂い

その名前を呼ぶ人々も暗闇に漂う

 

人々の声が遠ざかる

耳に何か詰まっているのだろうか

 

耳かきを手探りで見つけると

暗闇の中でガサゴソと音がする

 

明瞭な声が聞こえる

ブライアン… 君はどこに消えてしまった

ストレートに聞こえるかも知れないが

 

これはこの世界における重要な疑問だ

あらゆる殻を被った絶望から

救い出してくれた彼の名前と声だけが

私を包み込む暗闇に漂う

 

彼の何か人を惹きつける魅力というものを

ハンナ… 君はそれだけを愛したのか?

 

すれっからしのこの売女め!

私の暗闇から出て行け!

 

紙屑のように捨てるのなら

私は何にも触れることなく死んでしまいたい

 

私の心の色が黒だとしたら

この暗闇の世界に擬態して難を逃れることも出来たろうに

私の心の色が白だとしたら

この暗闇の世界で奇抜に輝いて人々を惹きつけられたろうに

 

悔いても仕方ないので歩き出す

 

道端にベンチがあるので座り

小鳥のさえずりがするので手を差し出す

 

小鳥は私の手の上に乗ると冷たくなり

金の塊よりも重いものになる

 

彼の歩いた先にある断崖絶壁には

彼と同じような年の老婆が立っていた

 

海に向かい誰かの帰りを待つように…

そして彼の姿を見ると微笑み石の温もりを彼に与える

 

美しいフローラ… 君なのか

君なのだとしたら返事をしておくれ

 

彼女に触れると

が温かくなる

それはまるで吹雪の中を

命からがらたどり着いた館の中で

暖炉に当てた手のひらの

それと同じように

 

触れられないものなどないが

触れたくないものはある

 

それは人々の追憶

それは私自身の追憶…