No.163 poetry

 

ノートは綴る詩は いつもと違う

ましてや 丁寧に 慎重に 綴る詩は もっと違う

 

便利でない この 頼りない脳が全てまかなう

どんな字体に寄せても 結局は同じ僕が綴る

 

埋め尽くされる空白に 名残など無く

淡々と過ぎる時間にも 名残など無く

 

窮屈な この頼りない脳で 全て事足りる

 

どんなに藻掻き 苦しんでも

結局は他人になれない

 

詩   詩    (し)   (うた)

 

それは一体 どこからどこまで

それは一体 いつからいつまで

詩であるのだろう

詩であったのだろう

 

他人の詩を読む時は 自分なりに変身させる

自分の詩もそうであるべきだと考える

 

どんな詩をどんな風に感じるだろう

こんな詩はどんな風に感じるだろう

 

切り取れ どこまでも

詩らしく振る舞え

 

それこそが

詩が詩であるということだろう

 

手紙でさえ 落書きでさえ

詩らしく振る舞えば もうそれは詩になるだろう

 

そう信じて

僕は今日もノートを開く

No.162 ミルクチョコレート

夢の中で食べたチョコレート
ミルクの味が濃かった
何度か食べた味で
「またこれか」と感じていた

 

ピーナッツのような
小さな思い出のかけらと
一人きりのままの自分と
いつかは一緒だった家族が

 

夢の中ではバランス良く
配置されていたから
僕は打ち明け話をした
今の悩みと 生きる意味のこと

 

兄はとても難しい言葉で

僕の言葉を遮って
それから自分の頭の良さで
僕のことを笑っていた

 

夢ではそんな風に思ったけど
起きた時 夢の中の兄の言葉は
冷めた自分自身の言葉で
良く理解出来ることだった

 

母と父が並んで歩き
僕の部屋を見回した
一人で住むには広すぎる夢の部屋を
二人で仲良く見回していた

 

悲しいほどに 切ないほどに
もう戻らない時間を感じた
今も二人が一緒なら
こんな夢は見られないのだろう

 

目が覚めた時 隣に寝ている
僕の家族になってくれた女は
寝相で見せる 美しい素直さで
僕のことを出迎えてくれた

 

二時に起きても することもなく
冴えない頭を抱えてこの詩を書いて
三時になっても することもなく
瞳を閉じておけばまた夢を見るだろう

 

もしその時夢の家族に会えたら
もしその時一人きりの僕に会えたら
言ってやろう 僕はもう家族が出来たと
すがる必要も無いけれど 貶すことも無いと

 

あと何度夢を見ても
あと何度夢から覚めても
相変わらず隣に眠る寝相を
その素直さを あと何度数えても

 

変わることなくそこに在りたい
何処にいたとしても 隣で夢を見たい
変わることなくそこで在りたい
何処へ行くとしても 隣で目覚めたい

 

朝になって それから
のんびりして 昼過ぎあたり
あの夢のチョコレートに似たものを
何処かで買って一緒に食べよう

 

No.160 冬は過ぎて春になる

 

 

愛では語り尽くせない気持ちを
円に近い多角形のような気持ちを
長い長い小説の最後までのページのような気持ちを
そのページをゆったりとめくってゆく気持ちを

 

君に伝えられたら
どれだけ幸福なことだろう
僕は何に関しても遠回りで
やけに難しい言葉ばかり吐いてしまう

 

もっと単純で もっと簡単な言葉
それだけで君の瞳に映る世界を
ハッとさせるくらい明るく出来たなら
そう考えてまた新しい詩を書いている

 

君と読む詩と 君に書く詩
大袈裟でなく 大真面目な詩
この感情を木箱に仕舞っておこう
そして心の奥の箪笥の中に入れよう

 

二人の会話を録音するように
僕は全てを残して置きたくなる
それでも忘れてしまいそうになるから
繰り返し同じ言葉を並べていたい

 

この寒い季節もまた過ぎ去って
暖かい春が風と共にやってくる
晴れた日には何処かへ行こう
雨が降る日は部屋で過ごそう

 

僕は何処へも飛んで行かない
飛んで行くなら君も誘うだろう
ふわふわと浮いて 空の先まで
そこまで行ったら 笑っていられる

 

悲しいことなど数えることはない
苦しいことなど見つめる意味はない
きっと大丈夫と思っていよう
そして僕らは 何度も季節を巡る

No.159 何よりも大切な時間

 

なんでもない朝に
盛大にクラクションが鳴った
僕は雨の降る街から隠れるように
眠る君の隣で煙草を吸っている

 

穏やかに流れる朝の時間が
もう少しで溶けて消えてしまうから
より近付いて君を覚えていよう
今日の夜にまた出会える時まで

 

二人で暮らすには狭すぎる部屋で
じっと耐えている毎日は少し長く
退屈と焦りを行ったり来たりしながら
不器用な僕らはたまに衝突したりする

 

それでも君が 君自身を愛せる時まで
僕はじっと待って 変わらずにいる
いつか君が君自身を愛せる時に
僕が君を愛していることを信じられるだろう

 

何よりも大切な時間が過ぎ去ってしまう
また流れの早い一日が始まってしまう
だからせめて眠る君をこの煙で包んで
夜になるまで何かから守っていたい

 

そうやって毎日を過ごしている
朝と夜 君といる時間ばかりを数える
そうやって毎日を積み重ねて
ゆっくりと僕らは出来上がってゆく

 

 

No.157 森の人

 

重なり合う光の中で
呼吸する 木漏れ日はいつも優しい
獣の死んだ匂いのする森の中で
何故こんな気持ちになるのだろう

 

焚き火の火が消えている
灰が風に舞っている
少しだけ故郷が恋しくなり
遠くの山をじっと眺める

 

誰の声も聞こえない
自然は そこにあるだけで
こちらに話しかけてくることはない
それでも木々の言葉を探っている

 

そうやって何年も待ち続けている
自分の存在が消えて無くなることを
しかし 生きながらえることでしか
死に近付くことが出来ないでいる

 

この森に佇む一つの塊として
いつか朽ち果てるのを待つ置物として
虫に喰われ 獣に喰われる餌として
そして 人間として生きた証として

 

この身体は今も生きている
消えた焚き火を追いかけるように
この精神は今も変化する
燃えた後の木々が灰になるように

 

No.156 徘徊者

ネオンの響く街があった
音が眼前に広がり 耳は咀嚼した
一人の男はスーツを着て
その街に革靴の音を取り入れた

悲しみが乾いて消える前に
「もっと近くに来てくれ」
男は抱き寄せた思い出と共に
いつまでもいつまでも歩いていた


激しい雨の後 直射日光で干上がったアスファルト
夜になるとヤスリで削った鏡のように反射した
街灯に挨拶 浮浪者に敬礼
ガソリン代わりのコーヒーの湯気が鼻で笑った

男は口笛を吹いた 聞いたことのない曲を
その曲につられて煙草の煙は輪を描く
スルスルと通り抜ける人混み
ラクションが銃声に聞こえた


倒れこむ人々 そんな妄想
「ざまあみやがれ」 そんな妄言
男が罪を犯すたびに何重にもなった鎖が
そんなひとときに錆びて崩れていった

また一つ また一つ 崩れていった
罪を感じなくなった男はただの人形のようだ
また一つ また一つ 壊れていった
男は彷徨い続け 獲物を探していた


罰を受けることも出来ずに
男はネオンの街に埋もれていった
あらゆる欲望に溺れることもなく
ただただ埋もれ 同化していった

そして また行方不明者が増えた
誰に顧みられなくなったとしても
男は 彼らも 彼女らも いつまでも覚えていた
その思い出を抱き寄せて彷徨い続けた


鏡で自分の顔を見るたびに
男は脳内でモンタージュを作った
その顔を街中に張り付け
「俺がやった」と呟いていた

ネオンが響く街の中で
スーツはいつまでも整えられたままで
男の靴音が鳴り止むことはなく
決まり事のように取り入れられていった

 

No.155

 

当てもないのに 何処へゆくの?

返事も無くて 孤独が響く

すれ違った事柄ばかりを考えて

今あるひと時を蔑ろにする

 

子供の頃は どんな風に過ごした?

大人になったら どんな風になりたかった?

そんな問いかけも 意味をなさなくて

今あるひと時だけが 重くのしかかる

 

それでも あの子の言った

言葉の煌めきと 揺らめく矛盾が

それでも あの人の言った

言葉の綻びと 揺るぎない真実が

 

私の瞼を開かせているから 見えている

私の唇を開かせているから 語っている

 

生まれ変われるとしたら何になろう

大空を飛ぶ鳥にでもなってやりたい

もし私が鳥になったら

雲に影を写して 一日中遊んでいる

 

全てやり直せるとしたら何をやろう

ギターを弾けるようになってやりたい

もし私がギターを弾けたら

雲に向かって 一日中鳴いている

 

当てもないのに 何処へ行くの?

その問いかけに 返事が出なくて

すれ違った人々ばかりを数えて

足踏みしたまま 空想に耽る

 

咲き誇れるなら 花になりたい

人知れない場所でひっそりと

触れ合えるのなら 猫になりたい

喉を鳴らして頰を擦り寄せて

 

悲しいことに 当然のように

今あるひと時が 全て本物で

せめて偽物ならと 時計を捨てても

長針と短針は 回り続けている

 

回り続けている そのことばかりを

ただそれだけを頼りに 鼓動が連なっている