No.134 雄弁な木々

(詩とは

 小さな物語?

 大きな世界?

 たったひとつのもの)

 

木々が雄弁になると

窓ガラスは黙り込む

 

僕は椅子に座って

そんな景色を見ている

 

冷えてしまったコーヒー

香りは出て来た頃より薄れて

飲む気力まで失せてゆくと同時に

僕は木々の語りに聞き入った

 

「何年前にここに来たかなんてことは忘れてしまったが引っこ抜かれた彼らの代わりに我々は植えられた」

 

そのことを僕は知っていたけれど

彼はあまりにも

真っ直ぐ 伸びすぎていたので

 

窓越しに

不味くなったコーヒーを飲み干して

僕は席を立つことにした

 

No.133 変わることのない景色

 

変わることのない景色が彼を閉じ込めている

懐かしさに恋い焦がれ過ぎ去った時を磨いても

輝くのはひと時だけですぐに虚しくなる

忘れ去られた人々はいつも彼の周りを漂い

恨みつらみも無く ただただ報われずに嘆いている

 

そんな彼を愛した人もいた

そんな彼も人を愛していた

変わることのない景色の中で

彼は変わっていった

 

大きな雑音に巻き込まれて押しつぶされそうになって

彼は自分の顔や手の皺を見て最期の時を悟った

変わらない景色の中で老いていった彼に残ったものは

愛し 愛されていたと信じていた心だけだった

そして 変わることのなかった景色はどこまでも真っ白な空間に変わった

 

その真っ白な空間の広さに打ちのめされながら

彼は彼を忘れてしまった人々に嘆いている

 

No.132 あいつ

 

感覚がなくなるまでつねった頰
感覚がないのでいつまでもつねる
つねる必要すら無かったと知り
見知らぬ世界を歩き出す

 

知った顔が何人かいる
時代や性別がごちゃ混ぜだが
あれは担任の教師だったか
あれはいじめっ子の女装か

 

不思議なことに
人気者になれた
あいつを探したけれど
あいつは見つからなかった

 

鏡が現れた
大きくて高そうだ
自分の顔を見ると
あいつの顔になっていた

 

周りの人々がこちらを見て
あまりにも驚いていたので笑った
あいつだから人気者なんだ
あいつだから驚いているんだ

 

憧れはなく
蔑んでいたあいつが
初めて羨ましく思って
悔しさで涙が溢れた

 

あいつだから
皆が心配している
あいつだから
差し伸べる手がある

 

目覚めると
天井が低く見えた
壁は近づいて見えた
窮屈な部屋を出て空気を吸った

 

そしてあいつは
死にそうな顔で道を歩いていた
何故か安心して呼び止めると
あいつはこちらを向いて笑った

 

No.131 お似合いの二人

 

何をするにも覚束ない男と
何をするにもそつなくこなす女
二人は出会ってたちまち恋に落ちて
落ちた理由も分からぬまま真っ逆さまに

 

派手に着飾って飲み歩いた街並みに
小鳥が飛んでカラスが鳴いて二人きり
覚束ない足取りとそつなく動く頭で
計算してみれば明日はきっと夢心地

 

何気なく言った一言で窮屈になり
男は女を振り払うために必死
何気なく蘇った考えで幸福になり
女は男にしがみつくために必死

 

何をするにも冴えない男と
何をするにも要領が良い女
二人は出会ってたちまち愛に溺れて
溺れた理由も分からぬままに真っしぐらに

 

派手に飲み歩いた後に着く男の部屋に
置き忘れていた女のピアスと二人きり
覚束ない思考とそつなく動く身体ごと
計算高い女は明日はきっと夢の中

 

何気なく言った一言でその気になり
男は女を引き止めるために必死
何気なく裏切られた気分で不幸になり
女は男を見捨てるために必死

 

そんな毎日を繰り返す 怠慢な自由に
待ち構える未来は真っ暗な二人きり
美しく燃える朝日か夕日かも分からぬ太陽が
二人きりの部屋に差し込んでいる

 

No.130 怠慢な自由

 

書類の整理をしている
退勤から7時間過ぎた
1から10にAからZ
無駄を省いて効率良く

息つく暇もなく書類を
並べ畳んで切って貼り
暗号のような列に苦戦
頭の中は真っ白になる

白紙に戻れば書き出す
書き出せば白紙に戻す
出勤時間まで続く仕事
シュレッダーは居眠り

電車の中の老若男女は
週末の予定を実行して
書類を大事そうに持つ
スーツ姿を笑っている

被害妄想だけが肥大し
車内広告にも罵倒され
草臥れたネクタイには
首を絞められて苦しい

昼飯時も書類に追われ
退勤電車も紙に囲まれ
意味不明な言葉に溺れ
自由は眠り続けるだけ

 

No.129 分別できない朝に


何色に染めても
黒く仕上がるなら
羽ばたく白い鳩も
いつかは染められてしまう

 

すがることさえ出来ずに
一人膝を抱えるなら
冷たく白い瞳も
いつかは気にならなくなるだろう

 

忘れてしまいたい全てを
忘れてしまった時に
大切なものと区別が出来ずに
思い出そうと必死になって

 

“黄金に輝く夕焼けと草原
いちばん星は雲のピアスに見える
夜が深まれば満天の星空
黒く染められた中で輝く星たち”

 

そんな夢を見ていた
曇り空が出迎える朝に
煙草の煙で膜をはり
自分を棄てる準備をする

 

ビニールの中で息が詰まり
吐き出そうとも吐き出せずにいる
冷えた布団は身体の一部になって
横たわれば何かを忘れている

 

No.128 腐りゆく

 

小鳥さえずる向こうの山は


目前の木に雄大さを奪われ


忘れ去られた首吊り死体を


目前の木に影として映す

 

 

移動して来た彼は体を揺らし


小鳥のさえずりに答えようとする


僕は部屋からそれを見て


笑って涼しい午後を過ごす

 

 

鼻をくすぐる腐敗臭が


木の葉の緑にラッピングされて


陽光の強さにうなだれながら


冷房のスイッチを切ってしまう

 

 

すると僕は移動して


彼の体になり替わる


体を腐らせようと必死な太陽が


誰彼かまわず照らし出す

 

 

明るみになった僕の死体は


また雄大さを失った山に引き戻され


束の間に感じた生前の心地よさを


永遠に羨ましがる

 

 

僕が発見される頃には


僕と認識されないだろう


誰彼かまわず照らす太陽が憎くて


少しだけ優しい月を懐かしがる