No.65 懺悔に似た回顧

…これは現実にあった話を基にしている…


いや
僕の家族はきっと
僕が生まれた後の数年だけが幸福だった

僕には兄がいる
兄は幸福だ
何故なら僕が生まれる前までは
両親のまともな愛を独り占め出来たのだから

僕は一人遊びが好きで
父親
「お前は一人で遊んでしまうから遊び方がわからなかった」
と言っていた
その名残からか
今でも一人で考え事をするのが好きだ

空想の中で僕は魔法使いだった
あるいはドラゴン使いだった
SFやファンタジーに想いを馳せて
母がたまに内職に使う程度の
大きなパソコンのワードに物語を綴った

主人公は
家電量販店のマッサージチェアに座っている
すると向こうから不思議な老人がやってきて
「私と一緒に来い」
と言うのだ
主人公は頼れる者がいないいわゆる孤児で
その老人に導かれるまま魔法学校へ…

そんな話を信じて
そんな話を綴った

僕は夢を見ていたのだ
今も夢を見ているのだろう
父と母はそんな僕の空想を
僕だけのものだと思ってくれていた
だから興味のある本は買ってくれたし
ゲームよりそっちの方が魅力的だった

幼稚園から小学校に上がる頃になると
社会が牙を剥き始めた
本能的に生きていた僕は
学校では問題児扱いだった
泣きながら兄と帰り
「だってムカついたから」
と犯罪者のような台詞を吐いていた

先生はいつも僕を監視した
優しく あるいは厳しく
その先生の思惑の上で僕は転がされた
そして小学三年に上がる時
突然引越しすることを告げられた

転校初日
忘れもしない
僕は何故かわからないが
同級生に首を絞められた
それからと言うもの
転校先が嫌いで仕方なかった

場所が変わっても僕は問題児だ
兄は大人しかったので
僕に腹を立てても許してくれた
今思えば
あの頃の僕は兄に守られていたのかもしれない

きっかけは何かはわからないが
学級閉鎖するほどの異常事態にもなった
同級生に馴染めない僕は
母に「お前のせいだ」と言われた
その時は戸惑ったが
今思えば
そうだったのかも知れない

覚えていることは断片的だし
その頃の空想癖を考えると半分は夢かも知れない
ただその小学校は僕にとって監獄で
毎日投獄されるようなものだった

兄に連れられ兄の友達と良く遊んだ
兄の友達は口々に
「生意気な弟だね」
と話しているのはわかった
我慢させていると自覚したのはその頃だ
しかし僕の行動はさらに過激になった

小学三年と四年の頃に頭を支配したのは
幼稚園の時に母が狂った記憶だった
「狂った」は例えじゃない
精神的に追い詰められ
僕たちは虐待に近いことをされていたのだ

芸能人が夫になると言われ
父について行くか?と本気で聞かれたり
物心もつかない頃に
理屈を捻じ曲げた説教を何時間も聞いた
一番良く思い出すのは
「指しゃぶりをするから」
と言う理由で後ろ手にガムテープを巻かれ
口にまでガムテープを貼られたことだ
その事実を
父が知っているかは僕にはわからない

いずれにしても
めちゃくちゃな毎日だった
小学五年と六年になって
システムをようやく理解してきた
それは父と母が離婚して
父が僕と兄を母から隔離したからだ

父が子供の頃に使っていたらしい
当時 築七十年は過ぎていた平家を引っ越して
祖母の家に近いマンションに住んだ
それからはまさしく男の世界だった

父は夜遅く帰ってきたので
祖母の家で夜ご飯と風呂を済ませ
九時ごろに家に帰るのが当たり前だった
しかし後から聞くと
夜中に出歩いている「問題児」と
保護者たちに白い目で見られていたらしい

僕の何がそんなに問題だったのか?
そんなことはわからない
小学校にはいじめも暴力も存在していた
僕にはそれがくっきりと
重く重くのしかかった
僕もいじめ いじめられ
暴力を振るわれ 暴力を振るった
そんな世界だ
子供は夢を見て
大人の言うことを聞くなど
大人の夢だった

母がいた頃
僕と兄を連れて
車のガソリンがなくなるまで
何処か遠くへ行ったことがある
何処に行き着いたかはわからない
山奥のコンビニで眠った
翌日警察に連れられ
父が迎えに来た
その記憶は不思議なことに
本物か嘘かわからない
そんな不確かな話だが
僕にとっては切実な空想を作り出す
大きな素材 もしくは骨格になった

小学校を卒業する頃には
僕は頭の中で完全な世界を作っていた
それは何をしても許される世界で
現実世界の中学校にはみ出して来た

許されないことを何度もしたし
何か悪いことがあると
まず僕が悪いと決めつけられた
しかし残念なことに
決めつけられた罪は外れてはなかった
僕は坂を転がりだして止まらなくなった鉄球のように
社会の中で孤立する道を選びかねなかった

その道を選ばなかった理由は
父と兄の存在だろう
父と兄は当時頭が良くて
僕が知らないことを全て知っていた
数学が得意で
何でも合理的に考えることが出来た

僕はそんな二人に憧れ
合理的に自分の罪を正当化しようとした
ただ中学三年にもなると
それが限界に達して
とうとう悪いことをするべきじゃないと思い知らされた

母とはたまに会うくらいで
授業参観に来るのは嬉しかった
小学生時代には保護者会にも出ていた
母親失格と烙印を押されて
窮屈な思いもしたはずだろう
しかし母は
僕の見えないところで戦っていた

今思えば
全て僕が元凶かも知れない
厄介者の役立たず
僕はそう自分に言い聞かせた
そしてそれを演じていた
それも事実かも知れない

家族崩壊も学級閉鎖も
友達が出来ないのも
全てが僕の仕業だったのかも知れない
それを僕が望んでいたのか?
それは違う
ただただ寂しさに負けていた
孤独に打ち勝つすべを知らなかった

そのすべを知ったのは
本当の意味での「友人たち」に出会ってからだ
しかし
その友人たちはもう僕の中で死んでしまった
そして
友人たちの中で僕はもう死んでしまった
だから話すべきではないだろう

僕は間違えている
いつもそう思う
何を選択してもどんな道に進んでも
間違えているのだ
だからこそ面白いと感じる
僕は今置かれている状況が切迫すればするほど
もっと間違えてしまいたいと思っている

きっと間違いを正すことよりも
間違えを正しいことだと思えるようになったのだ
正解の道はこの世にはない
あの世に行ってからゆっくり探すことにする

とりあえずこのくらいで
僕の話はよしておこう
最後まで読んでくれた人がいるなら
それが間違いだと思わないことを願うだけだ

No.58 断片集

 


布団には 詰まった麻薬 秘めやかに
バレることなく 起きることなく

 

常夜灯 暗がり欲しさ 水欲しさ
乾いた喉に 薄暗い糸

 

画面割れ 顔が二つの 著名人
やけにいらつき 電源を消す

 

小鳥鳴く 電線の上 曇り空
感電死した 幻想覗く

 

今月の 給料袋 破り捨て
家計簿捨てて 浮世も捨てる

 

息もせず 死にもしないで 見上げれば
天井の影 怪物の顔

 

映画館 一人っきりで スプラッター
切り刻まれた 腕を食べつつ

 

諦めで 瞼を閉じた 情けなさ
夢は現に 喰われて死んだ

 

カルタ絵の 語る笑顔の 恐ろしさ
無数の蟻が 巣に持ち帰る

 

お互いの 凹凸合わせ 絵になった
パズル崩せば 視界は滲む

 

置き去りの 傘の錆すら 美味そうに
見える飢えには 垂れる雨粒

 

服役中 園児の声が 響いたら
耳を塞いで 描く血飛沫

 

殴りつけ 殴られ続け 腫れ上がる
心の中では 憎悪が育つ

 

 

 

No.52 ミア・ウタモチ

物言わぬロボット

私の恋人だ

名前はミア・ウタモチ

パルプフィクションから拝借した名前だ

 

彼女の外観は黒髪のショート

スレンダーで統率の取れた体型

当たり前のことだが歩くのはぎこちない

人肌の感触のゴムを使っている

 

私はこのロボットを完成させるのに

20年の時を費やして来た

壊れにくく丈夫で

老後の介護のことも視野に入れて設計した

 

彼女は体が膨れて

ベッド代わりになったり

変形して車になり

電気を蓄えれば走れるようになる

 

彼女は至ってシンプルな思考を持って

私の要求に応える

「物を取れ」と言えば

物を取ることしかしない

 

この前彼女と街中を歩いていると

失礼な若者がシャッターを押した

そのシャッター音に気がついた彼女は

少しだけ悲しそうな顔をした

 

プログラムされていないはずの

「ロボットである自覚」と「恥」が

突然に生まれたのだろうか?

そう思ったが単なる光の当たり具合だった

 

人間(この場合はロボットだが)は

光の当たり具合で違う表情が出る

彼女に当たったフラッシュが

私の見ている角度に反射すると切なげに見えただけだ

 

彼女の左手は私の右手をしっかり掴む

人肌と同じように温度を設定している

少し寒かったので

43度ほどにあげるとカイロ代わりになる

 

彼女はずっと私に付いてくれるが

ふと考えてしまった

(彼女との子供は…)

そこまで考えて思考を停止した

 

ロボットに対する愛情と人間に対する愛情を

履き違えればただの狂人だ

私は三日三晩考えた

そして彼女を壊してしまうことにした

 

そう 私はミアをすでに愛していたのだ

他の何者でもない人間として または狂人として

自動記述日記2(何年か前に書いたもの)

 

 

先生が僕を見ている。授業が始まったらしい。数学はあまり好きじゃないけれど暇潰しにはちょうど良い。ノートに数字を沢山書いていると自分の中の世界に潜り込んで行ける。
7と8の間に人間の足を見つけた。×と÷に神秘的な魅力を感じた。5と6の間に人間の腕を見つけた。+と-に平凡な生活を感じた。3と4の間に機械の胴体を見つけ1と2の間に機械の脳を見つけた。
それを混ぜこぜにすると色々な形が出来た。人間と機械が混じり合うと不思議なフォルムが出来上がった。
その遊びを先生は理解出来ないらしい。ちらちら僕を見ては首を傾げている。先生の授業はいつも静かだ。生徒たちは退屈で眠っている。

2Dに僕の鉛筆が炭を残す度に頭の中が刺激される。数字や絵が直接脳に響く。それは立体となって視界に現れる。動いているxとyが落書きのペンギンを追いかけている。
僕の脳にコードを繋いでテレビに接続してみたい。思考の全てが僕の理解出来るものではないと思うからだ。宇宙を旅するような感覚だろうか。大画面のテレビを用意しなくてはならない。
電気屋で流れる頭に残って仕方がない曲が「テレビ」からの連想で流れ始めた。これが流れると僕は気持ちが悪くなる。この曲はきっと僕を駄目にするものなのだ。現実逃避をしなければならない。
エレクトロが響き始めた。良い感じだ。さっきのCMソングは彼方に消えた。あの宇宙人が教えてくれたヘンテコだけれど恰好良いエレクトロは中毒性があるらしい。たまに洗脳されているのではないかと思うくらいだ。

授業を忘れて僕はSFを展開してゆく。

 

 

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僕はその星をダビデ星と名付けた。
この星の人々は全員ダビデ像の形をしている。僕は自分の形がデビッドボウイなら良いのに。と思った。
僕の「地球で最も宇宙人に近い男」ランキングの1位を独占しているデビッドボウイだ。頭の中でチェンジスが流れた。

宇宙飛行士は皆の憧れだと思う。
けれど宇宙旅行はそれほど夢があるものではない。小さな船に乗って機械任せでたらたらと目的地まで漂うだけだ。
漂うというのも最短距離でスパッと向かってくれずにグラグラと方向転換をしながら旅をするからだ。そしてタビデ星人のダビデ顔を見ていると10日で嫌気が差す。しかも見分け方が名札というのも腹立たしい。ワッペンにボブやらサムやら書かれている。
たまにヨシコやミツコなどを見ると親近感が湧いたけれど女性なら女性の型にプレスすれば良いのにと思った。サモトラケのニケやミロのヴィーナスだと人体欠損グロになってしまいそうだけれど。

ダビデ星に着いたのは14日後だった。
2週間はかなりの長旅だ。これから先待ち受けることに期待と不安を感じながらも空港(らしき場所)に降り立った。かなり大きな施設で宇宙船が何千も並んでいる。ちょうどCDラックのように縦横にズラリと並んでいるのだ。その光景はかなり衝撃的だった。
空中に浮かんだエスカレーターで乗り降りをする。この星にいた他のダビデ達は揃って僕に興味を示した。自分と違う顔がよほど珍しいのだろう。僕は顔を赤くしながらスタスタと歩いてゆく。
僕と一緒に来てくれたダビデの一団は先にバス乗り場に行って僕を手招きしていた。荷物が少ないので人にぶつかることもなくそこへ辿り着いた。

ダビデ星は不思議な星だった。空は暗く永遠の夜。街灯が太陽代わりだ。
陸は赤茶の砂。木々は枯れて水も見当たらない。メロンパンのような形の家々が建ち並んでいる。

僕たちはゾロゾロと歩いていたけれどヨシコとミツコはいつの間にか帰ってしまったらしい。親近感が湧いていただけに少し寂しかった。前に食べさせて貰ったゼリーを食べようということになって食堂へ向かう。僕を含め4人で行動していた。席に着くとウェイトレスのダビデがメニューを置いてくれた。
「◯◯は何にしたい」名札にジェットと書いた少し大人しめのダビデが僕に聞く。ジェットは英語が堪能で日本語よりもそちらで話すことが多いらしい。だから発音が映画に出てくる日本語を話す外人のように拙い。優しく低い声だった。
「チャーハンみたいなものはありますか」ダビデ星でどんな食事があるのか知らない僕は恐る恐る聞いた。
「あぁ。あるよ。それはこの星でも凄く人気なんだ」ジェットはニコリと笑った。

旅の途中ポーカーで遊んだボブとサムの二人はブルーベリーパイのような味のゼリーを食べていた。そしてチャイの炭酸入りのような飲み物をジュルジュルと吸って溜息をつきながら満足そうに腹を撫でた。僕らはダビデ星の話と地球の話を交互にしていた。周りにいたダビデ達は僕たちの話に興味を持っていた。
「この星には海がないんだ。地球との一番の違いはそこだね。そして君がこうして息を吸ったり吐いたり出来るのは機械のおかげなんだ。このゼリーの中には小さな小さな機械が組み込まれていて消化すると有害な空気を吸っても綺麗にしてくれるんだよ。本来この星は人間が住めるような星ではないんだ」ボブが食後の休憩中に話した。それを良く考えてみると不思議に思った。何故このダビデ達はこの星に生まれたのだろう。まず人間の作った石像から型を取って生まれた彼らがこの星でどうやって繁栄したのだろうか。
もしかしたら人間の形がこの星でブームなだけで元の形は隠されているだけなのかもしれない。

イギリス人のような綺麗な鼻や目や髪の毛を持って生まれてきていれば。と強く思った。僕は平凡な日本人だ。だからこのダビデ星で浮いてしまうし美しい顔だらけの中にいると劣等感に押し潰されそうだ。
少しホームシックになりかけの僕はダビデ達に連れられてダビデ星の映画を見た。それは凄く不思議な話だった。同じ顔の登場人物達があらゆる困難に立ち向かうのだ。ラストの敵は巨大なダビデで身体は蛸の形だった。8本の足は6両編成の電車くらいの大きさでバームクーヘン型のビルを壊しまくる。圧巻はウルトラマンのようにでっかくなった主人公と敵のツーショット。しかし普通なら燃えるシーンも同じ顔で身体の形だけが違うとなると倒した時のカタルシスが全くないのだ。だからダビデ蛸が死体となってぐったりとした時に主人公が自分自身の内面の怪物と戦っていたような錯覚を覚えて虚無感が襲ってきた。それがこの映画の狙いであったなら凄いと思う。DVDに焼いて地球へ持って帰りたいくらいだ。とりあえず鑑賞後に思い返すと良い映画だと思えるような内容だった。

ダビデ達は何故僕をここに連れて来たのだろう。映画館から出てバスに乗り込むと灯りの少ない郊外へ向かった。そして辿り着いた場所は大きな何かの工場だった。ガゴンガゴンと轟音が鳴り響いている。
持ち物チェックをして防護服を着て消毒を終えてやっと中に入れた。その中には色々な生物がいた。しかし地球に住む生物ではない不思議なモンスター達だ。毛むくじゃらの玉のようなものや足が全身にびっしり付いたようなものが檻の中で様々な声をあげていた。それはまさしくグロテスクな形ばかりで吐き気を催してしまった。ダビデ達は気を使って僕を足早に事務室へと連れて行った。事務室の中ではダビデ達が働いていた。俳優ダビデのポスターなんかも貼ってあった。その奥の来賓用の部屋に通される。その中には誰もいなかった。

「君がここに招待された理由を聞きたいだろう」ジェットが少し低く僕に聞いた。部屋の端から端までの大きさがあるソファーにすわりながらダビデ達3人は僕を見つめている。僕は反対側にある端から端までのソファーに一人で座っている。
「はい。旅行というわけではなさそうですね」僕の声は小さく響く。ダビデ達は少し考えているようだった。



No.41 短編『ミルフとミリー』

今回は趣向を変えて、凄く昔に書いた短編を載せます。小説を断念した理由がよくわかると思います。

 

花のつぼみのような小さい宇宙船。
そこに、幼い兄妹が乗っている。
兄はミルフ、妹はミリー。
山積みになった児童小説や絵本に囲まれて、今日も星の海の中を過ごしている。
墨をまいたような漆黒の中、光る点々の景色は飽きるほど見慣れて、二人にとっては日常の風景だった。
宇宙は退屈でただ広くて、宇宙船の中の世界の方が、ミルフとミリーにとってずっと大きかった。
楽しく、空想に満ちあふれた世界。
二人が浮かべた発想はもはや現実になり、奇妙な動物や美しい妖精は宇宙船内を漂う。
二人は仲良さげに今日も笑い合い、無表情の精密な機器の中で、はしゃぎ回る。
一体、この船はどこに向かっているのだろうか。
奇妙なことに、一番前方にある操縦席は暗く、物音一つしない。
人の気配もなく、殺伐としているほど静かだった。
たまに聞こえる微かな物音は、ミルフとミリーの笑い声だけだ。
宇宙船は自動操縦になっていたが、実際はどこかの星の周りを永遠に回っているのかも知れないし、はたまた宇宙の端を目指して、目的なく進んでいるのかも知れない。
結局、どこへ行くかなんてことは、二人には関係のないことだった。
宇宙船の世界があれば二人は、それで十分なのだ。
不思議なことに、操縦席への扉は堅く閉ざされていたが、二人はあえてそれには触れないようにしているようだった。
ふわふわと浮かぶ綿菓子のような犬。
とろとろに溶けるチョコレートのようなカエル。
そういった個性ある動物たちが、この部屋には何匹もいる。
それらは幾度も描き変えられ、犬はもう十回以上形を変えていた。
妖精は虹色の羽を持ち、歌が上手だった。
ミルフとミリーは何度も歌を歌い、妖精はそれに合わせ踊り、歌う。
その舞は華麗と言うよりつたなく、愛くるしい仕草の連続のような舞だった。
やがてそれにも飽きて、二人は外の眺めを見る。
星々は光り、美しくたたずむ。
時に横切る、破片のような隕石の屑。
室内を無重力に切り替え、二人は泳いで星を眺めた。
宇宙船は止まらない。
二人を乗せてしっかりと前進する。

行き着く先は、熱い光のそばの星。
恒星が見えてきた。
それと同時に青い星が見える。
ミルフとミリーはその星を名付け、その星に人々を創った。
「ミリー、きれいな星だね」
「うん!あそこに、行ってみたいなぁ」
ミリーは羨ましそうに青い星を見つめた。
「あそこの星には、肌がピンクの人が住んでるのよ」
「それは僕たちより大きい?」
「ううん、私たちとおんなじくらい」
ミリーは目を輝かせている。
「花と小鳥が好きな人たちなのよ」
「それじゃ、絵本に出てきた姫様のようだね」
「うん。お城がいっぱいあってね、それぞれに偉い王様もいるのよ」
そんな会話をしているとやがて青い星は大きくなってきた。
近づいてきたのだ。
よく見ると、星の周りには宇宙船かなにかのゴミが漂っている。

機械の部品は無表情で、冷たい感じがした。
二人は不思議そうにそれを眺めて、数を数えた。
しかし、余りに多くて数え切れなかった。

宇宙船はどんどん青い星に近づいている。
「このままだと、ぶつかっちゃうね?」
「大丈夫だよミリー。きっと」
しかし、ミリーの予想は外れなかった。
やがて轟音とともに宇宙船は加速し、熱を帯び始めた。
赤いランプが機内に点灯し、うるさくブザーがわめいた。
ミルフとミリーは体を寄せ合い、揺れる機内のすみに避難した。
無重力ではなくなり、運転席の扉の方へ落ちる。
二人は開かない扉の上に座り、じっとしていた。
いつの間にか犬もカエルも妖精も消えている。
二人は目をつぶり、力を込めて手を握る。
すさまじい爆音、衝撃、そして、無音。

人々は大騒ぎだった。
突然の落下物に、驚きと戸惑いを見せた。
やがて警察が来てバリケードを張り、その落下物を調べに学者が集まった。
「…なんと。信じられん。この宇宙船は、五十年前に打ち上げた、調査機ではないか…」
「調査機…ですか?」
若い、助手であろう男が博士に聞いた。
「五十年前、地球外生命体の調査に打ち上げたのだよ。すっかり、事故で破壊したものだと思っていたが…」
すると、博士を呼ぶ叫び声が響く。
「博士!中に誰かいるようです!」
宇宙船を調べていた一人は、汗だくになっていた。
博士はただならぬ予感がした。
もう一人の博士が、呼ばれた博士に語りかけた。
「操縦室だ。幸い機体は大破していない。しかし…」
「どうしたというのです?」
「すっかり、ひからびてしまっているのだよ」
呼ばれた博士は、操縦室に乗り込んだ。
ショートする機械のバチバチという音。
それ以外には、なにも音がしない。
生命の気配もない。
すると、たとえようもない異臭が博士の鼻を突いた。
顔をしかめ、袖で鼻を押さえながら操縦席を見る。
「な、なんてこった…!」
操縦席には、ひからびてミイラのようになった二人の男女が座っていた。
鼻を突いた異臭は、二人の腐臭だったのだ。

二人の博士は話し合う。
最初に操縦室に入った博士は、ミュラー博士。
次に入った博士は、ゴートン博士。
宇宙船の搭乗口をバーナーで開け、中を調べようという結論に至った。
「慎重に、作業してくれよ」
扉を開けるのにかなり時間はかかったが、やがて扉は切断された。
ミュラー博士とゴートン博士は、先頭に立って船内を見回す。
ふと、何か聞こえたような気がした…甲高い、子供の泣き声…。
二人の博士は、船内をライトで慎重に探したがやがて見つけた。
「ミュ、ミュラー博士…」
「あ、ああ…」
二人の、小さな兄妹だ…まだ生きている!
二人の博士は、信じられないと目を見張り、少しの間固まってしまっていたが、二人を外に連れ出そうと、二人を一人ずつ抱えて船内を出た。
兄妹の体は軽く、しかし健康そうだった。
動揺しているものの、二人で一緒に居させれば、泣きはしなかった。
しかし、別々にしようとするとブザーのように泣きわめいた。
もっと、二人の博士を悩ませるような不思議な点がある。
二人の体の色は、薄い水色だったのだ。
健気な瞳の色は紫色で、どう見ても尖った耳を持っている。
しかし、それ以外は人間と大して変わらなかった。
「君たちは、どこから来たのだ?」
ミュラー博士が、二人に温かいココアを差し出して聞いた。
ココアを不思議そうに眺め、二人はそろって口にし、目を輝かせて言った。
「おじさん、これおいしいね!」
「この飲み物は、なんて言う名前なの?」
しかし、ミュラー博士は困った顔をして、腕を組む。
近くで見ていたゴートン博士が呟く。
「はて、この二人はなんと話しているのでしょうか?」
「うーん、さっぱりわからない」

No.40 〈生きる〉

高校の卒業文集にて、谷川俊太郎の「生きる」を自分なりにアレンジしてみるというお題で書いた詩です。

 

 

〈生きる〉

 

空を見上げれば鳥が飛ぶ

海を見つめれば魚が泳ぐ

今あるそれだけで証明される

花が咲く

風が吹く

葉が揺れる

そのこと自体が生きること

 

自分が自分であると知り

その自分を見つめると

あらゆる“何か”に気づくだろう

息をする

夢を見る

その全ては生きること

 

変わりゆく世界も生きる

過ぎ去った過去も生きた

今現在も生きている

いつか終わりが来るのだろうか

わからないまま生きている

そしていつかは無くなって

どこかに帰るときが来る

 

この生きていることは

この吐いている息は

この出している声は

最後に一体何処に行くのだろう

この身に訪れるものならば

自身は一体何処に行くのだろうか

 

生きて生きて

それでも困難は降り注ぐ

それを超えたときに

何かを見つけられるだろう

世界が変わり

自分が変わる

それでもなお生き続ける

 

 生きる全てが今で

 今の全てが生きること

明日死んでも今日死んでも

今生きていれば生きている

自分で生きよう

この世界で生きよう

何かを探す旅のように

何かを見つけられるように

 

 

自動記述日記(何年か前に書いたもの)

年を取ることが怖い。自分自身驚く程に自分自身の姿が変わってゆくことへの恐怖が強い。毛が生えてなくて声が高くて身長もそこそこ。それがちょうど良い。
適度に自由で適度に厳しい。高校というある種囲われた世界の中の居心地が良い。不良たちが小突いてきたりしても気にならない。僕は昔から道具役に慣れているからだ。
僕は弱くない。喧嘩の経験はあるし泣かされたことはない。ただ人を痛めつけるのは趣味でないから相手の意思をくじく程の暴力が振るえないだけだ。きっと危機的状況なら出来るだろう。しかし学校生活の中でそれをしては居心地が悪い。僕はいつも端っこの席に座りながら校庭を眺めて思っている。突然人を殴ったり蹴ったりしたくなるのは誰にでもあることだ。
アーとかウーとか唸る雲が雨を降らせようとしている。何故空は雲を遮ることの出来ない青なのか。何故雲は青を遮る白なのか。はたまた何故黒っぽくなるのか。雨は水色ではないのに何故イラストではそうなのか。色々なことで頭が混乱しそうになる。

他にも色々な妄想をする。

ウサギが耳に日の丸の旗を付けて尻尾に星条旗を付ける。それを赤く染まった服を来た星が追いかける妄想。
大きな木の穴の中の巣の小鳥の餌の蜂の猛毒の針の煌めきに魅入られた魔女の妄想。
外人が日本語をペラペラ喋ってくるのに僕はそれを全く理解出来ず挙句の果てに激怒され拳銃で撃たれる妄想。
大好きなあの子が大好きなあの子と手を繋いで大好きなあの子の話しをしながら大好きなあの子の家に帰ってゆく妄想。
男と女のない世界の妄想。
モノクロの絵画が飾られた迷宮みたいな美術館に迷い込んで酸素がだんだん無くなってゆく妄想。

多分これを真面目に話しても誰の得にもならないし誰も喜ばない。だけどこれは本当に僕が考えたことだし考えようとして考えているわけではない気がすることもある考えごとだ。止められない。妄想は誰かのためじゃなくて自分のためだけにある存在なのだと思う。だから妄想を面白いと思えるのは僕自身だけなのかも知れない。
校庭で遊んでいる奴らが爆弾になって職員室や忌々しい視聴覚室に飛び込めば良いと何度思ったか。でもそれは実際には起こらないこと。しかもそれは皆に話したら頭の病院に連れて行かれるような話であることはわかっている。
頭がおかしいとは思わないが頭が悪いとは思う。しかし僕を殴ったり蹴ったりする奴らよりマシだとも思う。誰でも誰かより自分の方がマシだと思っている。

混沌という言葉が好きだ。蝸牛の殻のようにぐるぐるしている迷路の中を彷徨いながらバニラアイスを溶けないように食べている僕を想像する。妄想よりももっと鮮明に想像する。バニラアイスは冷たくて痺れた舌に乗るたびにじわじわ溶けてゆく。誤魔化された甘さは熱と一緒に戻って来て口の中に広がり続ける。先生はこっちを見て眉を顰めているけれど僕はそれを完全に無視する。

僕の手を愛している蝿がいるらしい。そう思うのは今まさに手の甲に大きな蝿が止まっているからだ。僕はその蝿を見つめた。見つめ続けて蝿が逃げるか試してみた。しかし本当に蝿は僕を愛し始めているらしい。後ろの片足を上げている彼(或いは彼女)はとても繊細な命の灯火を感じさせた。彼と話してみたい欲求が僕の中で沸騰しそうになった。
もし彼女であれば綺麗な花をあげよう。食いしん坊なら毎日の食事を少しだけ分けてあげよう。しかし蝿は僕の方を向かず(実際には見えてるかも知れないが頭はこちらに向けなかった)複眼の弾く光は僕に当てられたのではなさそうだ。

先生が何か僕に言っている。しかし僕は知らないふりをした。先生の目が少し怖くなる。そう感じるのは視線を浴びる右頬が痛むからだ。
日の光は僕を包み込んでいるようだった。太陽より月の方が好きだけど珍しく太陽に惹かれた。雀がちらほら飛んでいる。

ふと中学の時駄菓子屋でラムネを盗んだ記憶が蘇る。何故あんなことをしたのか忘れてしまった。けれどラムネの味とその弾け具合は鮮明に思い出せた。炭酸の海で溶けてゆくイルカたちの妄想を連想した。膨らんでゆく世界が僕の頭の中で蠢くたびに破裂しそうで怖い。頭蓋骨がプラスチックなら僕の頭は変形してしまっただろう。

チャイムが鳴り思い出が音の波にさらわれた。それと同時にいつもの不良たちが僕の席の回りを取り囲んだ。「◯◯何やってんだよ」僕の名前を呼んだそいつの顔は酢豚に入ったパイナップルのようだった。「な なにもしてないよ」僕の声は蚊の羽音のように掠れて薄汚く響く。「何もしてねえだと」もう一人の不良がジーンズのダメージのように睨みつける。「ぼ 僕に構わないで」また蚊の羽音みたいな声だ。
奴らは不細工な顔でマジマジと僕の顔を覗き込んだ。きっとこの酷い顔を足して二でかけて四分の一にしたら僕の顔になるだろう。僕も相当酷い顔の持ち主ということだ。
やがて諦めたように何処かへ行く。僕の知る限り二人は一番最低な男たちだ。

一方地球はるか彼方。テンガロンハット星のアポロが僕にメッセージを伝えてきた。どうやらエイリアンに襲われたらしい。直ちに助けに向かわなければ。という妄想の中で僕は星たちを見た。現実逃避にはうってつけの星たち。綺麗だ。青やピンクや黄色や赤や白。他にも様々な色が散りばめられている。

それから僕は昔UFOに乗ったことがある。

VFXのような光線を浴びた僕はきっと常人では理解出来ない何かが理解出来るはずだ。UFOに乗っていた彼らは人間の型に流し込まれプレスされているらしい。僕はダビデ像そっくりの彼らにあらゆる質問をされた。恐怖よりも好奇心が勝った僕に彼らは好意的な反応をしてUFOの中でご馳走を貰った。ゼリー状なのに色々な食感と色々な味がして美味しかった。
プラシーボ効果で僕は元気になった。彼らの食事にはエネルギーが溢れていた。そのまま帰って徹夜をした。ひどく楽しい一日だった。